凛々しく、可憐な許婚
二次会は、既婚者や遠距離通勤をしている者が帰宅し、30人ぐらいが残っていた。

例年の歓迎会の二次会は、おじさん達15人程度、しかも本当の酒飲みしか参加しない寂しいものだった。

しかし、今年は趣が違う。

いつもは二次会に顔を出さない咲夜が幹事として参加していることに加えて、イケメンの吉高、鈴木狙い、巨乳の井上狙いの若い教師が参加していることが参加者増の原因だ。

二次会会場は"ブリリアントこのはな東京"の15階にあるバーになった。

結婚式の二次会などにも利用される、良心価格の雰囲気のよいカクテルバーだ。

二次会も最初のうちは、狙いの教師の近くに座って様子を伺っている者が多かったが、だんだんお酒がまわってくると、仲のよい同じ職場のグループで固まったり、話があった二人だけで抜け出すなど、緊張が薄れてきた。

会費は初めに集めてすでに店側に支払っているので、幹事が心配することは何もない。

深瀬は彼女の高村と二人で消えてしまったし、原は遠方のため一次会で帰宅。迫は隣のテーブルで中等部の面々と早飲み勝負をして早々につぶれてしまっていた。

尊は、吉高と、井上を含む若い女性教師数人、このはな学園高等学校弓道部において尊の後輩であった男性教師2名に囲まれていた。

咲夜は、初めは迫と同じテーブルにいたが、レストルームから帰って来たあと、空いている席が見当たらなくなったため、カウンターに座ることにした。

「カルアミルクを」

一次会のあと、咲夜は袴から普段のスーツに着替えていた。ストレートの髪も今は下ろして片方の耳に横髪をかけている。

色気のある仕草に、アルバイトと思われるカウンターのバーテンダーが頬を染めた。

「こら、光浦先生。バーテンダーまで誘惑しちゃダメですよ」

空いている隣のカウンター席に吉高が腰かけた。

「先生も席がなくなっちゃった感じですか?」

お酒の入った咲夜は少し陽気だ。

「そうだよ。トイレに立った間に席を奪われちゃった」

おどけた吉高が指差す方を見ると、尊の腕にベッタリとくっつく井上の姿が目に入った。

咲夜は苦笑しながら

「ベッタリですね。井上先生」

「光浦先生は、鈴木先生が気にならないの?」

「鈴木先生がモテるのは昔からですから」

咲夜が呟くと

「そういえば、鈴木先生、さっきの歓迎会で付き合ってる人がいるって言ってたな」

と、吉高があごに手を当てて天井を仰いでいった。

ゴホゴホと咲夜が咳き込む。

「この間、小さくて人形みたいに可愛い女性とコーヒーショップにいるのを見かけたよ。彼女ではないと言ってたけど、鈴木先生、いつもより楽しそうに笑ってたから、意外とあっちが本命だったりしてね」

吉高の言葉が咲夜の胸に突き刺さる。

"小柄で人形みたいに可愛い女性"

それは鍋倉弥生に違いない。

尊と弥生が結婚式の打ち合わせで連絡を取りあっているのは知っているが、二人だけでホテル以外の場所で会う必要があるのだろうか?

「ちらっと別筋から聞いた話なんだけど、鈴木先生って婚約者がいるらしいんた。たぶん、その人がお付き合いしている人なんだろうね。どこかのお嬢様らしいんだけど、鈴木先生の親御さん、何かの事業をしているらしくて、そのお嬢様の家から資金援助をしてもらってるらしいんだ。だから断りきれなくて婚約話を引き受けたんじゃないかって話だよ」

"今なんて言ったの,,,?"

政略結婚ではないと思っていた。咲夜との結婚のために10年間、尊が努力をしてきたのは少しぐらいは咲夜への思いがあるからだと信じていた。

"やっぱり、尊くんは仕方なくこの結婚話に乗ったんだわ。それなら弥生ちゃんと話をしているうちに恋心が芽生えても仕方のないことだよね。もしかしたら初めから弥生ちゃんのこと,,,"

咲夜の頭の中を、グルグルと自分勝手な妄想が駆け巡る。
アルコールが正常な判断を阻害していることもあるが、深くなるマイナス思考を止めることができない。

咲夜の心は深く傷ついていた。

それなのに、こんなときでも咲夜は本心を見せることができずにいた。

「そうなんですね」

僅かに微笑むと、咲夜はバーテンダーが差し出したカルアミルクを受け取りゆっくりと口にした。

咲夜の表情を伺うように覗きこむ吉高の表情が不敵に微笑んでいた。

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