死にたがりな彼女


「その指輪。レイチェルがデザインした世界で一つの指輪だもの」



「あぁ、そういえば。よく覚えていたね、あとがきなんて」



「彼女の文章は好きよ。だからあとがきも、くまなく読むの」



スラリと伸びた四肢は石畳の上に投げ出され、頭と首は歪な形に変形し、奇妙な方向へと捻じ曲がっていた。


彼女は寝巻き姿で、きっとホテルの最上階から身を投げたのだという事は誰が見てもわかった。


しかも、頭から。



「自殺かしらね」



「だろうね、彼女は元々精神が弱い人だったから」



それ故に、彼女の書く物語は、歪んでいた。



「私は好きだったのに。彼女の物語」



彼女の作品は、愛し合ったもの同志が心中しようと命が尽きるまで互いの身体にナイフを突き立てて、その血が階下の人間の部屋へ漏れて、警察が発見し止めるまでザックザックと刺し合っていた、というものだったり。


はたまた、夫を愛しすぎた妻が毒を少しずつ夫の食事へと盛り、段々と身体の自由を奪い、死に至らしめるものだったり。


そして極め付が恋人を磔刑にして、一日に一本ずつ釘を突き刺していくものだったり。


その物語達はおぞましい描写と共に書き上げられていて、想像するだけで後頭部が痛くなり、銀紙を奥歯でかみ締めたような、脳髄を厭な電気が走り去るような、そんな気味悪い物ばかりだった。


勿論、僕たちはそんな彼女の作品を崇拝する数少ないファンで、彼女の出した本は全てあの書斎に並べられている。


ハードカバーも、文庫も。


彼女は薬物依存のほかに、リストカッター、アルコール中毒、そして多重人格だとかうつ病だとか幻覚障害、などと言われていた。


勿論こんな小説を書く人間なのだから、まともな人間だったらそれのほうが気味が悪い。


< 12 / 42 >

この作品をシェア

pagetop