死にたがりな彼女


「きっと、悪夢に呑まれてしまったのね」



彼女の手首に残っている、先ほど切りつけたばかりだと言えるその生々しい刃物で付けられた、まな板のような状態になっている手首の傷を見ると、ソウェルは小さく呟いた。


真新しい赤い線と、最近付けられた青い線と、随分と前に付けられた白い線。


太陽に溶かされたのか、脳みそが分離しながら石畳を染める。


潰れた頭蓋骨によって解き放たれた眼球がコロリと焼けた石の上に転がり落ちる。


どこからか、悲鳴が聞こえて、僕たちは漸く尋常ではない場面に出くわしている事に気付き、その場をゆっくりと後にした。



「さようなら、レイチェル。貴方の新しい作品が読めなくなるのは、悲しいわ」



そう別れを告げて、僕たちは警察が来る前にその場を離れた。


背後に喧騒を感じながら、段々と遠ざかるその声がいつか聞こえなくなったとき、僕は問いかけた。



「飛び降り自殺はどうなの?」



「上手く落ちることが出来ればいいけど、顔が潰れてしまうのは厭ね」



とりあえずは保留、ということらしい。


耳の裏で、ふぁ、と小さな欠伸の声が聞こえる。



「眠ってていいよ、ソウェル」



「ん……シーファ、メルヴィー街に行きたいわ」



「メルヴィー街?人がごった返しているよ?」



「この村では、あまり人が死なないもの」



メルヴィー街とは、僕たちの住むこの国の中で一番汚い人間が多く蔓延り、事件の耐えない街だ。


それだけ呟くと、おやすみ、とかすれた声でソウェルは言葉を漏らし、深い深い眠りに付いた。


日傘が落ちないように首で支えながら、僕はメルヴィー街を目指すために駅へと向かった。







どこまでも我侭な、お姫様を背負って。






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