エリート弁護士と婚前同居いたします
「はいはい、お前が茜ちゃんを誰よりも大事に想っているのはわかったから。ほら、茜ちゃんが困ってるからそろそろ解放してあげろよ」
先程までの面白がる表情をおさめた佐田さんがパンと手を打つ。その音に周囲も私もハッと我に返る。

「なんでお前が仕切るんだ」
不満を露わにしながらも、朔くんは私に蕩けそうな笑みを私に見せる。
「これ、ありがとう。じゃあ俺、そろそろ出るから」
「あ、うん。私も戻るから」
私は慌てて傍らに立つ佐田さんと日高さんに挨拶をしようと、顔を動かす。

「どういうことなの? そんな話は聞いてないわ!」
今まで沈黙していた日高さんが叫び声を上げる。
「どうして日高に話をしなきゃいけない? 俺が誰と婚約しようがお前には関係ない」
私への甘い態度から一転、バッサリ切り捨てるように彼が言う。氷のように冷え切った綺麗な目が彼女を射抜く。彼の周囲の空気が一気に凍りつく。日高さんは言葉を失い、呆然と朔くんを見る。

「日高、落ちつけよ。皆、見てるぞ。お前は俺と一旦事務所に戻ろうぜ。上尾、お前もはっきり言い過ぎだ。茜ちゃん、ごめんね、またね」
そう言って佐田さんが真っ青になった日高さんを促してフロアを歩き出す。彼はとても場を収めるのが上手い。ザワザワと周囲から好奇の視線と声が向けられる。

「ちょっと、日高さんって上尾さんの彼女じゃなかったの!?」
「婚約ってどういうこと!?」
「あの子は誰なの?」

その声と視線に再びいたたまれなくなった私の手を朔くんがそっと包んだ。私に触れる手は壊れものをあつかうかのように優しい。
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