エリート弁護士と婚前同居いたします
「気にしなくていいから、行こう」
ふわり、と先程の冷たい目が嘘のように優しく笑んで、朔くんは私をビルの外に連れ出した。

「あ、あのっ朔くん、ごめんなさい。いきなり来てしまって、迷惑だったよね……」
ビル内がとんでもない騒ぎになっている気がしておずおずと彼に話しかける。ここは彼の職場で、彼の仕事内容等をきちんと把握もしていない私が、突然足を踏み入れていい場所ではなかった。そんな思いが湧きあがる。

「俺のために鍵を届けてくれたんだろ? どうして茜が謝るんだ?」
朔くんがビルを出て、十メートルほど離れた場所で足を止める。手を繋いだまま私の顔を覗きこむ。

「でも、佐田さんや日高さんが……」
「佐田は面白がっているだけ。あいつは元々別件で外出予定なんだ。たまたま一緒に出ようってなっただけ。日高は……」
朔くんはそこで一旦口を噤む。
「茜が気にする必要はないよ。佐田も日高も同じ大学出身だから、気安く話してるだけだ」
一瞬チョコレート色の瞳に憂いがよぎる。私はそれを見逃せなかった。

朔くんは何か私に隠してる。

「朔くん、日高さんと過去に付き合っていた?」
いわゆる女の勘だ。一瞬朔くんは綺麗な目を大きく見開いて、困ったように嘆息した。

「……なんで?」
「何となくだけど。そんな気がしたから」
そう、彼女のあの目は好きな人を見る目だった。過去に付き合っていたと言うなら、彼女が私を気にしていた理由がよくわかる。

「……何年も前の学生時代の話だから。もう終わったことだし、俺は日高になんの未練も情もないよ」
冷酷と思えるほどきっぱりと彼が言い放つ。その声には温度が感じられない。悲しいくらいに冷たくて、心の中が少し軋んだ。

今は気持ちがないとはいえ、そんなにあっさり割り切れるものなのか。いつか私が彼と別れる日が来たら私もそんな風に扱われてしまうのだろうか。
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