エリート弁護士と婚前同居いたします
私の心の動きを読んだのか、彼は困ったような笑みを浮かべた。
「ごめん、嫌な想いをさせた?」

私は小さくかぶりを振る。改めて彼の知らない部分を見せつけられた気になる。それを承知で付き合ったはずなのに、この湧きあがる違和感の正体は何だろう。どうしてこんなに不安になるんだろう。

「俺が好きなのは茜だよ?」
見惚れるほどの彼の眩い笑顔。いつもと変わらない優しい眼差し。なのにどこか全てが遠く感じてしまう。

「私が日高さんのことを尋ねたら迷惑?」
会話が嚙み合っていない。そう思いつつ、彼の顔を真っ直ぐ見て言う。
「迷惑ではないけど、楽しい話ではないよ? そんなに日高のことが気になる?」
ほんの少し朔くんが表情を曇らせる。こくんと小さく頷く私。朔くんは空いている方の手でイラ立だし気に髪をかきあげた。私たちの間に横たわる空気が一気に重くなる。

「できたら教えてほしい」
なけなしの勇気を振り絞って答える私に、彼が返事をしかけた時、彼のスマートフォンが震えた。
その振動音が私たちふたりの時間に終わりを告げる。

「ごめん、朔くん。仕事だよね、どうぞ電話にでて。……私ももう戻らなきゃ!」
無理矢理明るい笑顔を作って、ぱっと彼の手を離した。
「え、あっ、でも茜!」

彼の長い腕に再び捕まる前に距離を取る。
「……変なことを聞いてごめんなさい」
ギリッと奥歯を強く噛みしめて精一杯微笑む。そうでもしなければ情けない表情を晒してしまう。
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