エリート弁護士と婚前同居いたします
朔くんは戸惑った様子で手の内にあるスマートフォンを握りしめたまま、私を見つめている。

綺麗な瞳に浮かぶ憂いは何を意味しているの?
追及することもできず、私はそこから逃げ出すように最寄り駅まで駆け戻った。

本当は急いで戻る必要なんてない。送別会まではまだ時間がある。それでもあの場に留まる心の余裕は持てなかった。私は彼のことを知らなさすぎる。

初めて目にした彼の仕事場、その雰囲気。
私の勤務先とは全くの別世界。きらびやかで華やかなのに、威圧感と緊張感が漂う場所。
容易に近付けない世界。

彼はきっとそんなことを気にする必要はないと言うだろう。でも私と彼の間に立ちはだかる壁は大きい。
元々何もない状態から始まった私たちなのだから、何もかも話してほしいし、知りたいと思うのは図々しいのだろうか。好きな人を、好きになった人のことはできるだけ知りたい。嫉妬や不安がないとは言わない。

だけど、知らないからこそ怖くなる。過去を詮索したいわけじゃない。少しでもお互いの距離を埋めたいから近付きたいから、あなたを理解したいから教えてほしい。そう願う私の気持ちは彼にどうしたら届くのだろう。
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