エリート弁護士と婚前同居いたします
私が朝、起き出してくると朔くんの姿はなかった。
彼は深夜に帰宅したようだった。私も帰宅は遅かったけれど日付を越えるような時間にはならなかった。

真っ暗な、換気のされていない閉めきられた部屋。静寂のなか、壁かけ時計の音だけがコチコチと無情に響いていた。彼を待つことが辛くて、ベッドにもぐりこんだのを覚えている。

昨夜と同じひとりきりの空間。広い部屋に耐えきれない孤独感が漂う。ブラインドの隙間から差し込む陽の光がかろうじて明るさを保ってくれていた。

けれど寒々とした空気は変わらない。
何かトラブルでもあったのか、急ぎの仕事があったのかはわからないけれど、スマートフォンに『先にでます。話は後日にしたい』と事務的なメッセージが届いていた。彼は今、何を考えているのだろう。彼の真意がわからない。

どうしてこんなに拗れてゆくのだろう。ただ話がしたいだけなのに。

今日の私は瑠衣ちゃんが早退をすすめてくれるほどの凡ミスを連発する、散々な勤務態度だった。仕事に集中しなければいけないのに、気持ちばかりが急いて完全に空回ってしまっていた。

明確に喧嘩したわけでもない。昨日は私から逃げてしまったくせにどうしてこんなに私は落ち込んでいるのだろう。どうしてこんなにふたりの関係がぎこちなくなるのだろう。

私の知らない彼の事情があることが許せないとかそんなんじゃない。
ただ、怖い。出口の見えない迷路に取り残されてしまったような、この心細さの正体はなんなんだろう。

散々だった仕事を終えて勤務先を出る。瑠衣ちゃんは今日、ほかの受付の女の子と合コンらしい。連日の飲み会をもろともせず、楽しそうに出掛けていった。

瑠衣ちゃんには何も話していない。話したら心配してくれることも親身になって慰めてくれることもわかっていたけれど、言葉にすると不安が現実になってしまいそうで恐くて言えなかった。
私はこんなに臆病だっただろうか。
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