エリート弁護士と婚前同居いたします

「じゃあ、俺と一緒に住む？」

　突然頭上から降ってきた低音。
　誰かに言ってほしいと願いすぎて幻聴が聞こえたのかと思い、小首を傾げつつパスタを食べようとする私の名前を、瑠衣ちゃんが慌てて呼ぶ。
「あ、茜さん！」
「何？」
　いつも通りに返事をする私。

「俺と一緒に暮らさないか？」

　先程の低音が再び頭上から降ってくる。
　空耳とは思えないはっきりとした声に、思わず顔を上げる。
　私が座っている椅子の真横に長身の男性が立っていた。濃紺のスーツに光沢のあるグレーを基調としたストライプのネクタイを身につけている。

　彼は一言でいうなら、稀に見る美形だった。
　焦げ茶色のサラサラの長めの前髪に同色の瞳。吸い込まれそうに大きく綺麗な二重の目を縁取る長いまつ毛。すっと通った鼻筋。ニッと口角を上げて笑う口元からのぞく歯は白く、歯並びも綺麗だ。

「どうする、香月さん？」
　少しだけ語尾を下げて、私の名前を呼ぶ。まるでこの状況を面白がっているように目尻を下げる。どうして私の名前を知っているのだろうか。
「……どちら様ですか？」
　恐る恐る問いかける。

「茜さん！　この人……上尾さんですよ、貴島先生のご友人の！」
瑠衣ちゃんがハッとした表情で叫ぶ。
「貴島先生の友達？」
先生の友人を私が知っているわけがない。むしろどうして瑠衣ちゃんが知っているのかわからない。

　ブハッと彼が噴き出す。
「俺に全く興味がないんだな、香月さんは」
　胸に響く低音で甘く私を呼ぶ彼は、私をよく知っているようだ。
「俺はすぐわかったのに」
　頭の中が疑問符でいっぱいになる。