エリート弁護士と婚前同居いたします
「朔! 見つけたのか?」

 何も言えずにいる私の背後から、彼の名前を呼ぶ男性の声が響く。ぎこちなく振り返ると、貴島先生がこちらに向かってくる姿が目に入る。
「誠一」
 その男性が貴島先生に顔を向ける。
「お前、いきなり先に行くなよ」
 貴島先生が苦笑する。

「ちょ、ちょっと茜さんっ! どういうことですか!」
 私の真向かいに座る瑠衣ちゃんが焦って私に尋ねる。普段冷静な彼女には珍しい。
「いや、あの、私にも何が何だか……」
 逆にこの状況を私が誰かに尋ねたい。

 ほんの少し冷静になると周囲からの視線の凄まじさに気づく。特に女性からの。その気持ちはなんとなく理解できる。貴島先生だけでも目立つのに、私の眼前に立つ男性は凄まじい美形だ。しかもふたりともカフェに食事に来たわけではなく、私に用事があって来た、という雰囲気を隠そうとしていない。どういう関係なのか、と興味をひくのは当たり前だろう。

「なんでここに貴島先生が?」
 瑠衣ちゃんが私に尋ねる。私にもわからない。
「あの、貴島先生、どうしてここに?」
 凄絶な美形男性を無視して口を開く。これ以上注目を浴びたくない。できれば今すぐ立ち去りたい。
「朔を茜ちゃんに会わせたくてさ、ふたりとも休憩室にいなかったからここかなと思って。あれ、自己紹介は終わったの?」
どこか面白そうに間延びした声で先生が言う。

「これからだけど」
彼の返答に先生が驚く。
「お前、名乗らずに話しかけたの? さすがにそれは茜ちゃんも困るだろ」
先生は院外では昔からの癖で、私を茜ちゃん、と呼ぶ。

「いや、俺はすぐわかったから」
「お前はわかっても茜ちゃんは気づいていないかもしれないだろ。弁護士なんだから怪しまれるようなことをするな」
脱力した様子で先生が言う。

え? この人弁護士なの?
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