エリート弁護士と婚前同居いたします
詩織がふわりと柔らかな微笑みを浮かべて言う。
「菫さんもああ言ってることだし、送ってあげるから帰りなさいよ」

親友の言葉に、鼻をすすって小さく頷いた。私はきちんと朔くんと向き合わないといけない。
涙を拭ってバッグを持つ。靴を履き、詩織とともに彼女の部屋を出た。マンションのエントランスまで降りてきた時、大声で名前を呼ばれた。

「茜!!」

思わず足が止まる。そこには悲壮な表情の朔くんがいた。
「朔くん、なんで……」
全力で走ってきたのか、マンションの前に立つ彼の息が切れていた。いつかの五反田に迎えに来てくれた時を思い出す。

「無事でよかった……」
絞り出すような彼の弱々しい声。ギュッと寄せられた眉間には深い皺が刻まれている。
朔くんがここにいることに困惑する私の背中をトン、と詩織が押した。

「茜を迎えに行った時、菫さんに連絡して上尾さんに伝えてもらうように頼んだの。勝手なことをしてごめんね。でもこのままじゃダメだと思ったから。きちんと話してきなさいよ。振られたら慰めてあげるから」
ウインクをして微笑む彼女に、顔だけ振り返って頷く。

「勝手にいなくなるなって言っただろ……!」
大股で彼が私との距離をどんどん詰める。五メートル、三メートル。身体中から怒気が滲み出ているのがわかる。端正な顔立ちの人に凄まれると、それだけで腰が引ける。まるで恨まれているのかと思うくらい、綺麗な目に凄味が増す。

前回の五反田みたいな状況だったら、素直に謝るところだけど、今回は私もそう簡単には退けない。私にだって言い分がある。
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