エリート弁護士と婚前同居いたします
「半年前、ここでひとりの女性に出会ったんだ」
サアッと夜風が通りすぎた。青々と茂る街路樹の葉が、重なり合って大きく揺れる。
「え……?」
髪を耳にかけ直して彼の顔を見る。彼は綺麗な目を軽く伏せて足元を見ている。
「依頼者のところから戻る途中だった。ここを歩いていた俺の目の前で四歳くらいの男の子が転んだ。後ろからは彼の母親が追いかけていた」
唐突に始まった彼の話がよくわからない。彼は私の左隣に立った。
「火がついたみたいに目の前で泣き出した男の子に、俺はどうすればいいかわからなかった」
その時のことを思い出しているのか、彼は駅ビルの方に顔を向けた。
「母親が駆け寄って抱き上げたけれど、彼の膝からは血が出ていて泣き止まなかった」
淡々と彼は言う。
「目立つ場所で号泣する息子と慌てる母親に、俺は逡巡していたんだ。声をかけるべきか絆創膏か何かを買いにいくべきか、とかね」
そのことをよく覚えているのか、彼は小さく息を吐いた。私は彼の話をじっと聞いていた。
「その時、そこのカフェからひとりの制服姿の女性が走ってきたんだ」
そう言って彼は視線で目の前にあるカフェを示す。
制服姿の女性?
「彼女はその親子と知り合いなのか、手早く自身のバッグから出したティッシュペーパーで血を拭って、男の子に絆創膏を貼っていた。その間、彼女はずっと笑顔で彼に話しかけていた」
そう言って彼はニコリと私に微笑む。
「彼が泣き止んで笑顔を見せると、彼女は親子を駅まで見送った。俺は目の前にいたのにその親子に何もできなかった。ただ呆然と突っ立って、一部始終を見ているだけだった」
サアッと夜風が通りすぎた。青々と茂る街路樹の葉が、重なり合って大きく揺れる。
「え……?」
髪を耳にかけ直して彼の顔を見る。彼は綺麗な目を軽く伏せて足元を見ている。
「依頼者のところから戻る途中だった。ここを歩いていた俺の目の前で四歳くらいの男の子が転んだ。後ろからは彼の母親が追いかけていた」
唐突に始まった彼の話がよくわからない。彼は私の左隣に立った。
「火がついたみたいに目の前で泣き出した男の子に、俺はどうすればいいかわからなかった」
その時のことを思い出しているのか、彼は駅ビルの方に顔を向けた。
「母親が駆け寄って抱き上げたけれど、彼の膝からは血が出ていて泣き止まなかった」
淡々と彼は言う。
「目立つ場所で号泣する息子と慌てる母親に、俺は逡巡していたんだ。声をかけるべきか絆創膏か何かを買いにいくべきか、とかね」
そのことをよく覚えているのか、彼は小さく息を吐いた。私は彼の話をじっと聞いていた。
「その時、そこのカフェからひとりの制服姿の女性が走ってきたんだ」
そう言って彼は視線で目の前にあるカフェを示す。
制服姿の女性?
「彼女はその親子と知り合いなのか、手早く自身のバッグから出したティッシュペーパーで血を拭って、男の子に絆創膏を貼っていた。その間、彼女はずっと笑顔で彼に話しかけていた」
そう言って彼はニコリと私に微笑む。
「彼が泣き止んで笑顔を見せると、彼女は親子を駅まで見送った。俺は目の前にいたのにその親子に何もできなかった。ただ呆然と突っ立って、一部始終を見ているだけだった」