エリート弁護士と婚前同居いたします
そう、あれは雅樹くんだ。たまたまカフェで食事をしていた私が見かけた男の子は患者さんだった。

仕立てのよいスーツに見惚れるくらいの端正な顔立ちの男性が表情をなくして固まって立ちすくんでいる。
彼が悪いわけではないけれど、収拾がつかないような事態になり、事情を知らない人たちは彼が雅樹くんを傷つけたと言わんばかりの無遠慮な視線を投げかける。

駅前という人目につきやすい場所だから仕方ない。子どもの扱いに明らかに慣れていない様子の彼の顔色はどんどん悪くなっていく。彼も困っているなら誰かに声をかければいいのだけど、それをする余裕すらなくしているようだ。整った顔立ちゆえに悪目立ちしてしまっている。

その少年と母親が患者さんだと気づいた私はカフェを飛び出していた。理由はなく、ただ身体が動いていた。
雅樹くんが泣き止み、ふたりを見送った私はまだその場で佇む男性が気になった。立派な大人の男性だというのに、強張った表情のまま立ち竦んでいる。どう声をかけようか逡巡していると、彼の手の甲から出血していることに気づいた。

だから絆創膏を貼った。少しでも明るい表情になってほしくて。ただそれだけだった。
「まさか、あの時の……?」
恐る恐る問う私に、彼は頷く。

「私、そんな何も……ただ傷が気になって……」
深い意味なんてない。何も特別なことをしたつもりはない。彼がそれほど感銘をうけるようなことはしていない。彼にそこまで感謝されることも、好きになってもらう要素もない。ただ偶然の出来事だ。
< 129 / 155 >

この作品をシェア

pagetop