エリート弁護士と婚前同居いたします
クリニック内はブラインドが半分おろされ、閉院準備がされている。私は朔くんの名前を呼びお会計を済ませて、領収書を渡した。次回の検診の予約も確認する。ただそれだけなのに、先刻の先生との会話を思い出してドキドキしてしまう。

「今日はもう終わり?」
受付のカウンターを挟んで彼と向かい合う。朔くんはいつもと何も変わらない。それが少しだけ悔しい。
うつむいて、財布に紙幣をしまう彼。サラサラと髪が揺れる。

「もう少し、かな」
空になったカルトンを手元に引き寄せる。
「誠一が羨ましいな」
顔を上げてポツリと朔くんが呟く。
「え? 何が?」

思わず瞬きをして彼の焦げ茶色の瞳を見つめる。少しだけ拗ねたような表情を浮かべる朔くん。
「毎日働いている茜と一緒にいられる」
何を言ってるの……‼
言われた言葉を理解した途端、一気に頰に熱が集まる。鼓動が一気に加速する。

「一緒に暮らせてるからとりあえず我慢はするけど、ね」
妖艶に微笑む彼の顔を直視できずに、視線を逸らす。
「さ、朔くんは今日はそのまま帰宅する? 事務所に戻る?」
誤魔化すように手元の書類を片付けながら、彼に話しかける。

「いや、今日は事務所に戻らないから、一緒に帰ろう。最初に茜に会ったカフェで待ってるよ」
艶やかな笑顔で彼が言う。
「あ、うん……でもまだ時間がかかるよ?」
やっぱり職場で話すのは恥ずかしい……! しかもあんなことを真顔で言うなんて!

「大丈夫だよ」
なんでもないことのように彼が言う。
その言葉に甘えて私は真っ赤な顔のまま小さく頷く。
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