エリート弁護士と婚前同居いたします
「な、何が……?」

 ドキンドキンドキン。鼓動が早鐘を刻む。
 グッと上尾さんが美麗な顔を私に近付ける。チョコレート色の瞳に私が映る。そのイラ立ちを含んだ真摯な眼差しから目が離せなくなる。

「冗談でこんなことは言わないし、誰にでも言っているわけじゃない」
 ゾクリと背中に痺れが走る。
「侑哉、結婚するんだぞ。お前、ここにいられないだろ? まさか追いかける気か?」
 なぜか不機嫌な声で彼が耳元で囁く。

 カアッと頰が熱くなるのがわかる。震えてしまっている手を背中に回して隠す。
 この人に怯えているわけじゃない。動揺しているわけじゃない。そんなわけはない。必死で自分に言い聞かせる。

「そんなこと、しない」
 反論した声は自分でも情けなくなるくらいに小さい。
「へえ? 大好きな侑哉お兄ちゃんの邪魔でもするのかと思ったけど? 結婚してほしくないんじゃないのか?」
 冷たい眼差しに妖艶な微笑みを浮かべる彼。その余裕が憎らしい。

 どうして初対面に近い人にこんな言われ方をされなくちゃいけないの。
いくら先生とお兄ちゃんの友人だからって言っていいことと悪いことがある。

「邪魔なんかしない! そんなこと思ったことない!」
 眼前の綺麗すぎる目を睨みつけて反論する。
 どうしてそんなひどいことを言うの。私があのふたりの邪魔をするわけがないのに。
 胸がヒリヒリ痛む。感情が高ぶって涙がこみ上げる。嫌だ、絶対にこんな人の前でなんて泣かない。悔しい。グッと唇を噛みしめてうつむく。
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