エリート弁護士と婚前同居いたします
選択
「お帰り」

 なかなか眠れなかった翌日の仕事帰り。私の部屋の前で佇む上尾さんに声をかけられた。
 昨夜、姉は仕事が長引き、ここより近い侑哉お兄ちゃんのところに泊っていた。そのせいで上尾さんのことを相談できなかった。
 今日もまだ仕事が終わりそうにないと帰り道に電話がかかってきて、つい先程まで話していたところだった。

 部屋の中に逃げたくても、玄関の前に陣取られていてはどうしようもない。
 今すぐ踵を返して廊下の先にあるエレベーターに飛び乗って逃げたくなる。

「なんでここにいるの?」

 独り言のように呟く私の声を、彼が明るく拾う。もう敬語を使う気にはなれない。彼もそのことを全く気にしていないようだ。

「待ってた」

 その返事に不覚にも鼓動がドキン、と跳ねた。
「なんで?」
 思わず震える声。二メートルくらいの距離をあけて私と彼が向かい合う。廊下の外灯がぼんやりと上尾さんの美麗な顔を照らす。彼は悔しくなるくらいに余裕の微笑みを浮かべている。

「会いたかったし、話したかったから」
「私は会いたくないし、話すことなんてない。待ち伏せなんてしないで」
にべもなく言う私に彼は小さく溜め息をつく。
「……昨日はごめん、言い過ぎた」
「なんの話?」
 彼の目を直視せずうつむく。パンプスを履いた自分の足が見える。この人に話すことなんて関わることなんて何もない。

「上尾さんが謝る必要なんてないです。昨日は私も感情的になってしまってごめんなさい。私はお兄ちゃんとお姉ちゃんの結婚を心から祝福しているし、邪魔するつもりもない。それを確かめるために来たんでしょ?」
 もういい大人になんだから、きちんと相手の言い分を受け入れて話をしなくちゃ。感情の赴くままに話してはダメ、冷静に。
 そう言い聞かせてゆっくりと顔を上げて笑顔をつくる。
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