エリート弁護士と婚前同居いたします
「香月、返事して」
 ギュウッと抱きしめた腕に彼がさらに力を込める。
 胸が詰まって呼吸が苦しくなる。頭が混乱して何を言えばいいのかわからない。

「わけが、わからない」

 それしか言えなかった。それ以外に相応しい言葉が見当たらない。

「なんで今そんなことを言うの?」

疑問を彼にぶつける。偉そうな言い方かもしれないけれど、今まで患者さんとして来院していたのなら、私に話しかけるタイミングはいくらでもあったはず。少しずつ話したり顔見知りになることは容易だったはずだ。

なのにどうしてこんなに急激に近付いてきて、同居を言い出してきたり、告白をするの?
不自然さを否めない。いくら私が恋愛にうといとはいえ、さすがに何か裏があるのではないかと疑ってしまう。

相変わらず、私の右肩の上に頭をのせたまま、くぐもった声で彼が言う。
「侑哉が結婚するって聞いたから」
 叱られた少年のように彼が小さな声で呟く。

「……言っている意味がわからない」
剣呑な声を出す私。
「侑哉が結婚するなら、お前の姉はここを出て行くだろう。お前はきっと独り暮らしはしないってアイツが言ってたから」
アイツ? アイツって誰?
頭の中を疑問符がかけめぐる。

「それが上尾さんとなんの関係があるの? 私が誰かと同居したらダメな理由があるの?」
 そう尋ねると彼が少し顔を上げて、溜め息をつく。
「わからなくていいよ、今は。ゆっくり理解してもらうから」

答えになってない!
 耳元に微かにかかる彼の吐息がくすぐったくて、私の耳が真っ赤になるのがわかる。
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