エリート弁護士と婚前同居いたします
「茜のほうこそ患者さんだったのにわからなかったの? 人の顔を覚えるのは得意なのに」
不思議そうに姉が尋ねる。
「私、上尾さんの来院時に不在のことが多かったの」
 口ごもりつつ返答する。

「うちの女性社員に評判の患者さんっていうのも今日瑠衣ちゃんに聞いて……」
姉も私の勤務先の患者さんのひとりなので瑠衣ちゃんと面識がある。
「相変わらず噂話にはうといわねえ」
姉が呆れたように言う。

「だって別に患者さんを彼氏候補とかに考えたことはないから、興味ないんだもん。そういう噂話!」
 少しむきになって返答する私に姉が小さく笑む。
「そういうところが茜のいいところでもあるんだけどね」

私はソファの上で体育座りをして、膝のうえに顎を乗せる。
 姉が明るく話を続ける。
「それにしてもこの物件、すごく広いし住みやすそうよね。地図を見ていても周囲に高い建物は少なくて日当たりもよさそうだし、最寄駅からも近い。茜の勤務先にも乗り換えなしで通えるわよ。しかも新築」
 クリアファイルに入った資料をパラパラ捲りながら姉が淡々と言う。

「……何が言いたいの?」
「茜が昨日、同居話をしていたから、侑哉に今日聞いてみたの。上尾くんって最近まで違う場所に住んでいたらしいわ。侑哉の話だと色々な物件を探してここに決めたらしいけど。間取りや広さをみても、まるで最初から誰かと同居する前提で選んだみたいよね?」

 ニッコリと姉が穏やかに微笑む。その笑顔を直視できずにうつむく。同居する前提だなんてそれこそおかしい。だって私はその時、彼のことを知らないのに。 罠にかかるのを待ち構えられていたみたい。
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