エリート弁護士と婚前同居いたします
「え、あ、ごめん。ちょっと忙しくて見てなかったから」
 慌てて言い訳をする。わざと見ないようにしていたとは言えない。
「いいよ。どのみち会いに行こうと思ってたから。職場まで行きたかったんだけど居留守使われたくなかったし」
 居留守って、自宅じゃないんだから。

 呆れた視線を向けると上尾さんが苦笑する。
「お前に避けられたくないんだよ、これ以上」
 その言い方がどこか寂しそうで私の胸に小さな棘のように刺さった。
「……避けたり、しないよ」
 ぼそっと私は返事をする。
 彼が困ったように笑う。その笑顔はどこかあどけない。

「とりあえず行こう」
 そう言って彼は私と指を絡めたまま歩き出す。恥ずかしいのにどうしてふりほどけないんだろう。彼は緩く指を絡めているだけなのに。
「い、行くってどこに?」
「俺の家。詳細を知りたいんだろ?」
 ニッと口角を上げて妖艶に微笑む彼。

「い、今から!?」
 思わず大声が出る。
「善は急げって言うだろ?」
 なぜか嬉々として言う彼を必死で押しとどめようとする。
「ちょ、ちょっと待って! 突然すぎるから!」
「俺は十分待ったよ」
 意味のわからない言葉を言って、彼は私を駅とは反対方向に引っ張って行く。そして私の抵抗空しく、停車していたタクシーの中に押し込められた。
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