エリート弁護士と婚前同居いたします
「……なんなの、このマンション……」

 彼が暮らしているマンションのエントランスでタクシーを降りた私の第一声がそれだった。
 眼前には東京都内のマンションとは思えないほどの広々とした敷地にそびえたつライトグレーの高層マンション。入口まで続く手入れされた豊かな植栽。煌めく外灯。一面のガラスウォール。

 私から一切の支払いを受け付けなかった彼がタクシーを降りて悠然と歩いてきた。呆然と佇む私の右手を当たり前のように繋ぐ。タクシーのなかでも彼はずっと私と手を繋いでいた。伝わる上尾さんの高めの体温はなぜか私を落ち着かせた。近すぎる距離に戸惑ってしまう。それでもその事実に嫌悪を抱いていない私はいったいどうしたんだろう。

「ついてきて」
 そっと囁いて彼がエントランスに入っていく。鍵をかざさず、音もなくドアが開いた。
広々としたエントランスホールは二層吹き抜けで開放感がある。その豪華さに声がでない。

前もって間取りなどは図面で見せてもらっていたけれど、こんなに外観も豪奢なマンションだとは思いもしなかった。まるで高級ホテルか何かのようだ。エレベーターホールまでの距離が驚くほど長い。今の私のマンションも十分に綺麗だと思っていたけど、上には上があるのだな、と見当違いのことを考えてしまう。

 外観よりも少し濃いめのグレーの壁の先にあるエレベーターに乗る。どうやら鍵がないとエレベーターを呼ぶことも乗ることもできないようだ。彼の部屋は十五階。
エレベーターの表示をみてわかったけれど、このマンションは二十階建のようだ。エレベーターから降りて室内廊下を進んだ先にある角部屋の前で彼が足をとめた。

私の手を離し、ガチャッと解錠して、煌めく笑顔で私を部屋に促す。
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