エリート弁護士と婚前同居いたします
ほんの少し前屈みになった彼が耳元で甘く囁く。その声が鼓膜を震わせて鼓動が暴れ出す。
同棲……?
その言葉を頭で理解するのに時間がかかった。

「何を言って……」
火照った顔をそのままに上尾さんを見ると彼は平然と笑んでいた。
「本気。結婚前提の同棲でどう? それなら問題ないだろ?」
その言葉に頭に血が上る。

「ふざけないで! なんでいきなりそんな話になるの!」
 距離を取るために、髪をつかむ彼の手をパシッと払いのける。どんどん言葉遣いが乱れる。
「ふざけてもないし、冗談でもない。俺はお前が好きだって言っただろ?」
 折角取った距離を、上尾さんが長い足たった一歩で詰める。逃げる間もなく彼が長い指で私の頰に触れた。

「……信じてない」
 必死で吐き出した声は思った以上に弱々しい。うつむきたいのに彼の顔なんて見たくないのにそれができない。
「知ってる」
 へこたれることもなく彼は艶美に微笑む。その笑顔が切なくて不覚にも泣きそうになる。
まるで自分が悪者になってしまった気分だ。
こんなふうに感じる必要なんてない。突拍子もないことを言っているのは彼だ。

「俺にとっては、お前に俺の気持ちを信じてもらうための同棲なんだよ。だから諦めて同棲を受け入れて」
 蕩けそうなくらいに甘い声で囁きながら、彼は私の髪にそっとキスをした。
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