エリート弁護士と婚前同居いたします
思わず目を見開いて彼女を見つめる。彼女は無言で頷く。
「逆も同じ。相手に自分を知ってもらわなきゃ何も始まらないの。時間じゃないよ、茜。その人をどれだけ好きか、想ってるか。だから世の中にはひとめ惚れが存在するんでしょ?」

 一気に目が覚めた気分だった。恋は時間じゃない。たとえ何年も前から片想いをしていても、その恋がかなう確証なんてない。今日いきなり恋に落ちてその恋がかなってしまうことだってあるのだから。恋は予想ができない。
「茜がどれだけ上尾さんを信じられるかじゃないの? 少なくとも私は自分が全然知らない異性をいくら親友の勤務先の後輩だからって自宅で同棲しようなんて思わないよ。茜だってそうでしょ?」

 詩織の言葉が次々に胸に沁み込む。私はただ黙って頷く。
「自宅なんて完全にプライベートな場所でしょ。そこに入れることができる人なんてそれだけで特別じゃない? 私だったら感動するけど?」
 いたずらっぽく微笑んで彼女が言う。
「そう、だよね」
 対する私は神妙な面持ちで言葉を発する。

 彼は私を自分のプライベートな空間に最初から入れようとしてくれていた。私の携帯電話の番号や住所や勤務先を知られていて、そこばかりに意識が向いていて、騙されていないだろうかと警戒していたけれど。最初から彼は自分に対する情報を私に公開してくれていた。職業も交友関係も自宅も。それはきっと彼なりの心遣いだったはずなのに。

 彼は姉にも挨拶をしてくれた。多忙な時間をぬって彼が私にしてくれたことは数えきれないくらいあるのに、そのすべてを私はうがった目で見過ぎていた。
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