エリート弁護士と婚前同居いたします
「あの、本当にごめんなさい」
 しどろもどろになりながら言う。向かいの席では詩織が紙ナフキンに何やら書き込んでいる。

【もう帰ろう】
 私を気遣ってのメッセージに、私は口パクで謝罪を伝えて頷く。

『茜?』
 低い彼の声が聞こえた。
「は、はいっ。もう今から帰るから!」
 早口でそう言うと、彼が私に先刻よりもワントーン低い声で尋ねる。

『お前、今どこにいるんだ?』
「え? 五反田駅前の焼鳥屋さんだけど」
 正直に言う。
『今から行く。そこを動くなよ』
 返事をする暇も与えず一方的に通話を切られてしまった。

「……どうしよう、詩織。今から来るって」
 眉間に皺を寄せて向かい側に座る親友を見つめると彼女は苦笑していた。
「よかったじゃない、心配されていて。上尾さんも茜を大事に想ってくれていることが証明できたじゃない」
 彼女は反応に困ることをさらりと言う。

「そうかもしれないけど! 絶対怒ってる! 仕事帰りだろうし、電話にもでなかったし、しかも迎えに来させてるし!」
 うろたえて矢継ぎ早に言う私に親友はクスクス笑う。
「茜の本気で焦る姿、久しぶりに見たわ。就職活動の時でもそんな顔、しなかったのにね」
「もう、詩織!」
 感心したように言う彼女を軽く睨む。

「はいはい。元はと言えば連絡を怠った茜のせいでしょ」
 あっさり指摘されて反論できない。
「普段はしっかりしてるのに。肝心なところで抜けてたりするのよね、茜は」
 うう、文句が言えない。
< 76 / 155 >

この作品をシェア

pagetop