エリート弁護士と婚前同居いたします
彼は私を抱きしめる手を緩め、右手でポン、と私の頭に手を乗せてそっと呟く。

「……無事だったから、もういい」
 その言葉が温かくて、鼻の奥がツンとなる。

「すみません、私がもっと早くに気づけばよかったんですけど」
 おずおずと、私たちのやりとりを見守ってくれていた詩織が言う。
「ああ、すみません。初めまして、上尾と申します」
 彼が私の腰に手を回したまま、詩織に向き直って穏やかに微笑んだ。

「初めまして、安藤 詩織です。今日は私が突然誘ったので」
 ハキハキ話す彼女に彼が困ったように笑う。
「いえ、すみません。取り乱しまして」
 申し訳なさそうな表情をする彼。
「上尾さんが謝る必要ないです。むしろ茜にこんなに心配してくれる人がいるとわかって安心しました」
 ニコッと詩織が穏やかに微笑む。

「無事にお迎えも来て下さったことだし、私は帰るから」
 私を見て、さっと手を振る彼女に驚く。
「え、ちょっと待って、詩織!」
「送りますよ、車で来ていますので」
 私と彼が交互に話すと、彼女はゆっくり首を横に振った。

「ありがとうごございます、上尾さん。でもさっき晃から接待が終わったって連絡があってこっちに向かってるらしいから、一緒に帰るわ」
「じゃあ、晃くんが来るまで」
 なおも言いつのる私に詩織がこそっと耳打ちする。

「いいから! これだけ人通りもあるし、改札前で彼を待つから私は大丈夫。晃、もう電車に乗ってるらしいから。それよりも茜は上尾さんに言わなくちゃいけないことがあるでしょ!」
 その言葉に一気に顔が熱を帯びる。
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