エリート弁護士と婚前同居いたします
「じゃあ、上尾さん。失礼します」
 極上の笑顔を浮かべ、私にウインクをして詩織は駅に向かって歩き出す。私は真っ赤な顔を隠すようにうつむく。

「茜? どうした? 気持ち悪い?」
 私の様子に敏感な彼が心配そうに顔を覗きこむ。
「な、何でもないっ」
 もう、詩織! そんなことを言われたら緊張して意識しちゃうじゃない!
 ドキドキと彼の目をみる度に心臓が壊れそうなリズムを刻む。一方の彼はなぜか渋面だ。

「さ、朔くん?」
「言っておくけど、俺はまだ怒ってるから」
 車の停車場所まで、私と指を絡めて歩きながら彼が拗ねたような声で言う。
「ご、ごめんなさい」
それだけ言うのが精一杯。
「お説教は帰ってからな」
 意味深な低い声で彼が言う。

 コインパークに着いてからも彼は取り立てて何も話さなかった。車内に落ちる沈黙が辛い。チラチラと運転をする彼を盗み見る。朔くんは完璧な無表情で何を考えているのかわからない。見惚れてしまうくらいの綺麗な横顔。どうやって話しかければいいのか、わからない。心配をかけた私が悪いけれど、こんな空気の中で告白なんてできそうになく、決意が揺らいでいく。

 結局会話らしい会話もろくにできないまま、車は自宅の地下駐車場に到着した。深夜零時を過ぎた駐車場に人影はない。
「先に降りて」
 感情の読みとれない声で朔くんが言う。その声がやけに大きく響く。私は言われるがまま、バッグをつかんで車のドアを開けて降りる。

 どうしたらいいんだろう。
 さっき、詩織がいる前ではもういいと言ってくれた。けれど、あれは詩織に免じて少し怒りをおさめてくれていただけなのだろう。
 仕事帰りの疲れている時に心配させて迎えにきてもらったんだもんね、怒るよね……。
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