エリート弁護士と婚前同居いたします
「私の気持ちが迷惑なんじゃないの……?」
 彼の胸のなかで身じろぎしながらポツリと声を漏らす。

「茜!?」
 私の声が聞こえた彼は、弾かれたように私の身体を自身から引きはがし、私の顔を覗きこむ。
「迷惑なんて、なんでそんなこと!」
「だって今すごく険しい表情してたし、駐車場で私が告白しても何も言ってくれなかった……」
 涙声で言うと、彼が慌てて私と目を合わせる。

「違う! さっきは驚いたんだ。俺の都合のいい空耳かと思って、もう一度きちんと落ち着いてから聞こうと思って、気を引き締めていただけなんだ。そもそも俺がお前を迷惑に思うわけないだろ!! 俺はお前のこと、本気で誰にも渡したくないくらい好きなんだよ」
 焦げ茶色の瞳に真摯な色が宿る。そっと彼が私の両頰を大きな手で包む。私の目を甘く覗きこみながら彼がそっと囁く。

「好きだ、茜。自分でも信じられないくらいお前のことが好きだ」

 彼の言葉がすっと心に沁み込む。それが限界だった。涙が情けないくらいに溢れだす。彼の顔をきちんと見たいのに視界がぼやける。
「なんで泣くの」
 困ったように彼が言って、私の涙を長い指でぎこちなく掬う。まるでどうしていいかわからずうろたえていると言わんばかりに。

「お前に泣かれたら、どうしていいかわからない」
 心底困った顔を私に見せる彼。その表情は普段、近寄りがたいくらいに完璧な彼の容貌をどこか幼くみせる。
 見たことのない表情を見せてくれる彼が愛しくて、胸がいっぱいになった。泣き笑いみたいな笑顔で彼に言う。

「そんな表情初めて見た、嬉しい」
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