エリート弁護士と婚前同居いたします
「茜がいる時間に俺はあまり来院していなかったから」
 言いにくそうに言葉を続ける朔くん。そう言えば私が不在の時によく来院していたって聞いた気がする。
「それなのに私を好きになってくれたの?」

 今、教えてもらった出会いのなかに私が好かれそうな要素なんて全く見当たらないんだけど?
 首を傾げて問う私の髪から手を離した彼が落ち着かなさそうに、アイスコーヒーを飲む。カランと氷が涼しげな音をたてた。

「……ひとめ惚れだって言っただろ。理由なんかない、気がついたら茜のことばかり考えていた。茜を必死で探したんだ」
 溶けかかった氷を見つめながら彼が呟くように言う。その答えに胸がキュウッと締めつけられた。甘い痛みが胸に広がっていく。飾り気のない言葉が嬉しかった。
「さ、探してくれたのにいつも不在ばかりでごめんね」
 自分で尋ねたくせに、うまく自分の気持ちを表現できずに戸惑う。よくわからない言い方しかできなかった。気のきいたことが言えない自分の語彙力の低さを恨む。

 彼は一瞬ハッとした表情を私に向けて、困ったように微笑んだ。
「茜は仕事なんだからそんなこと気にしなくていいんだよ。で、茜は?」
 物凄く嬉しそうな表情を浮かべて彼がアイスコーヒーのグラスをセンターテーブルに置く。
心なしか声が弾んでいる。

「え、何が?」
どこか嫌な予感を覚えて、ほんの少し身体を横にずらす。ニヤリと彼は口角を上げる。そんな様子さえほのかに色香が漂う。長い腕を伸ばして彼が私の肩を引き寄せる。

「俺にだけ聞くのはずるくない?」
耳元で甘く囁かれてドキンと鼓動が大きく鳴った。低い声が鼓膜を震わせる。
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