エリート弁護士と婚前同居いたします
改めて、キーケースを見つめる。朔くんはもしかしたら疲れ果てて、置いたままにしてしまったのだろうか。それはとても珍しい。同時に彼がそこまで疲労しているということでもある。

朝は私が彼を見送るので彼が施錠する必要はない。
そのせいで気がつかなかったのかもしれない。普段の帰宅時間は大抵私の方が早い。私が直帰をすれば問題ないかもしれないが、あいにく今日は寿退社が決まった同僚の送別会だった。帰りは確実に彼より遅くなる。

どうしようかと頭の中で逡巡し、朔くんに届けようと決めた。私の勤務先から彼の勤務先はそう離れていない。今日は午前の診療のみの日で、送別会が始まるまでには時間がある。瑠衣ちゃんとお茶でもしようかと話していたけれど、少し時間をもらおう。

そう決めて彼のキーケースをバッグに入れて出勤した。出勤途中に彼に電話をしたけれど留守番電話にすぐ切り替わってしまう。忙しいのか取り込み中なのかもわからない状態で、何度も電話をかけることは躊躇われた。メッセージも送ってみたけれど、彼からの返事はなかった。

 私は終業後、瑠衣ちゃんに事情を話して朔くんの事務所に向かった。瑠衣ちゃんにほかの受付の子と買物をすると言われ、終わったら連絡をすると伝えた。急いで電車に乗り込んで朔くんの勤務先の最寄駅で降りる。

午後二時前。東京駅に近いこの場所は多くの人でごったかえしていた。彼の勤務先に向かうのは初めてだ。彼は何度か私を迎えにきてくれたことがあったが私が彼の勤務先を訪れたことはない。気おくれもあったけれど、そんなところでさえ、私は頑張れていないな、と溜め息がもれた。
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