エリート弁護士と婚前同居いたします
最寄駅についてすぐ送ったメッセージにも反応はなかった。不安を感じつつ、スマートフォンの地図を見て歩く。駅から十分もかからない場所に彼の勤務先はあった。

大通り沿いにたつ堂々とした二十五階建の全面ガラス張りの大きなオフィスビル。近隣の建築物よりも比較的新しい建物のようだ。残夏の強い陽射しを受けてキラキラと輝いている。このビルの二十階、二十一階に朔くんの勤務先がある。

ビルの中に足を踏み入れると高い吹き抜けが目に飛び込んでくる。ビル内を行きかう人も颯爽としたビジネスマンが多い。カーキのカシュクールワンピースにサンダル姿の私はそれなりにきちんとした服装かもしれないけれど、この場では浮いてしまっている。

そもそもこんな場所にある大手弁護士事務所なんて法人の顧客がほとんどで明らかに一般人の私が訪れる場所ではないはず。朔くんの依頼者、なんて言おうものなら不審な目で見られかねない。勢いで来てしまってそんなことを考えもしなかった自身の浅はかさを悔やむ。

けれどここまで来て、用件を済ませずに帰るわけにはいかない。鍵がなければ朔くんが困ってしまうだろう。そう自分を鼓舞し、総合受付と書かれている場所に足を進めた。受付には完璧な化粧を施した制服姿の女性がふたり座っていた。

「あの、二十階にある弁護士事務所に行きたいのですが……」
おずおずとそう申し出ると胸元まである栗色の髪を綺麗に巻いた女性がニッコリと微笑む。

「そちらのエレベーターをお使いください」
それだけを言われて、困ってしまう。
約束も何もないのに勝手に押しかけていいものかもう一度尋ねてみようと再度口を開いた私の背後から、凛とした女性の声が響く。
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