エリート弁護士と婚前同居いたします
「当事務所に何かご用でしょうか?」

カツンと高いヒールの音が鳴った。
驚いて振り返ると艶のある真っ直ぐな黒髪を肩で切りそろえた、細身の女性が私を見つめていた。紺色に近い黒のタイトスカートのスーツを身につけている。ほんの少し吊りあがった猫のように大きな瞳が印象的な、綺麗な人だった。

「あ、ええ。すみません、上尾弁護士にお会いしたいのですが」
そう口にした途端、その女性が一瞬険しい表情を見せた。

「上尾とお約束でしょうか?」
どことなくキツイ声で尋ねられた。
「いえ、約束はしていないのですが……ずっと連絡がとれなくて」
彼女のもつ雰囲気に圧倒されつつ、返答する。どこか値踏みするような瞳になぜか恐くなる。

「失礼ですがご依頼ですか? よろしければ私が代わりにご用件を伺いますが。私、上尾の同僚ですので」
そう言って彼女は肩にかけたバッグから、名刺を取り出した。
そこには日高 琴乃(ひだか ことの)、と彼女の名前が記されていた。そして彼女のジャケットには弁護士バッジが輝いていた。

「あの、依頼ではありません。う、上尾さんに渡したいものがありまして」
同居していることを朔くんが同僚とはいえ、どこまで誰に話しているか知らないことに今さらながらに気づく。やっぱり私は軽率だ。日高さんの表情がさらに険しくなった。
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