古き良き時代(短編集)
古き良き時代
【古き良き時代】




 空に向かって口を開けて降ってくる雪を食べていたら、汚いからやめなよ、と白い目で見られた。

 子どもの頃は雪も食べたし雨も飲んだ。道端に生えていた花の蜜も吸ったのに。今、現代でそれをやるとこういう目で見られるのか、と。少し寂しくなった。
 昔に比べると雪が降る量は大分減った。だからたまに雪が降ると、嬉しくなって食べたくなる。でも時代がそれを許さない。現代では雪は食べないし、雨も飲まない。道端に生えている花の蜜も吸ってはいけないのだ。そういう法律はないけれど、いけないことなのだ。



「かまくら、作れるかな」

 思わず雪を食べてしまわないよう、マフラーを巻き直して口を隠した。

「昼にはやむって言ってたから無理だろ」

「そっか」

 じゃあ雪だるまも無理か。

 寂しい時代だね。
 便利な時代になった。楽な時代にもなった。電化製品も進化したし、二十四時間どこでだっていろいろなものが買える。掃除も洗濯も料理も、買い物も移動も全部自動でできる。

 でも、雪だるまやかまくらを作ったことがない子どもや、缶蹴りやケードロのルールを知らない子どもも増えた。知り合いの子どもは固定電話を見たことがなく、また別の子どもは長期休暇中に田舎でお手伝いの最中雑巾がけをして背中を痛めた。

 便利で楽な時代が悪いとは言わない。それによってわたしたちの生活は豊かになり、病気や毒や危険から……全てのことから守られる。守ってもらえるのだから。



 時代は変わる。
 古き良き時代。過ぎ去ればどんな時代でも「古き良き時代」になる。あと何年かしたら、今のこの時代も「古き良き時代」になるのだろうか。





(了)

古き良き時代。全ての時代は古くなると良くなるもの(ジョージ・ゴードン・バイロン)
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