手の上に褒め言葉を
ああ。六年の片想いの最終日が、こんな形になってしまうなんて……。六年もかけずにどこかで行動していれば、もう少しましな結末があったのかな、なんて。悔しさでいっぱいになりながらも、どうにか別れの挨拶をしようと青沼を見上げる。
青沼はもう、笑顔を貼りつけてはいなかった。怒りや憤りを隠そうともしていなかった。
その表情を見たら、ますます悔しさが募った。きっとこの六年の楽しかった記憶は、上書きされる。けたけたと楽しそうに笑う青沼の表情は消え去り、この怒りや憤りを浮かべた表情だけが、頭の中に浮かぶのだろう。
青沼もきっと同じだ。そのうちわたしとの思い出はきれいさっぱり消え、栄転を渋る生意気で理屈っぽい同僚として、頭の片隅に追いやられるのだろう。
最後に見た表情、最後に交わした会話は、それだけ重要なのだ。
なのに。それなのに……。わたしは今までの日々を、つまらない意地で捨てようとしている。告白のきっかけ――青沼からの褒め言葉を待たなくても、いつだって言えたのに。所詮は自分の中で決めたルールなのだから、破ることだって簡単なのに。
これは意地だ。何の役にも立たない、自分を追い込むだけの意地だ。
それでもこのくだらない意地を、出発までのほんの数分でなかったことにするなんてできなくて。奥歯をギリと噛みしめ、顔を上げた。
そんなわたしの顔を見た青沼は、驚いたように目を見開き、でもすぐに眉を下げ、目を細め、呟く。
「なんで泣くんだよ……」
泣くつもりなんて、これっぽっちもなかった。泣こうともしていなかった。それなのにわたしの目からははらはらと。涙が溢れてくる。
あまりの悔しさに溢れ出た血の涙のようだった。
いや、そもそも涙の正体は血だ。血液から血球を除いて、液体成分だけと取り出したものらしい。
悔しかったり悲しかったり辛かったりするときは「血の涙を流す」と言うけれど、そもそも涙は血なのだから、嬉しくても感動しても目にごみが入っても、流しているのは結局血だ。じゃあ基本的に目から溢れ出るものは全て血涙じゃないか。
こんなときに考えることではないな、と。くすっと笑うと、張りつめていた気持ちが少しだけ緩んだ。
そして思った。青沼がきっかけの台詞を言わないのなら、言わせればいい。それならわたしのくだらない意地も、張り続けられるだろう。