手の上に褒め言葉を


「ねえ、青沼」

 はらはらと溢れ続ける涙もそのままに切り出すと、涙で少し怯んでいた青沼が、戸惑いがちに「うん」と答えた。


「青沼、わたし転勤で本社に行く。みんな頑張ってたけど、わたしも頑張った。褒めて」

 言うと青沼は「褒めて」という言葉の意味を探るように、眉を寄せてわたしを見下ろす。わたしも真っ直ぐ、青沼を見上げた。
 そのおかげか、この言葉に裏はない、言葉通りの意味だと解釈してくれて、青沼は「凄いよ」と控えめに言った。

「本社に転勤なんて凄いけど、もう何年も春川が頑張ってたの見てきたし、知ってる。だから驚いてはいないよ。向こうに行ってもしっかりな」

 ようやく聞けた青沼の褒め言葉に、わたしは深く頷き、はらはらと溢れ続ける涙を拭った。

 これで言える。晴れやかな顔と気分で、伝えることができる。


「あのね、青沼。わたしが頑張れたのは、あんたのおかげ。青沼はすぐに何でもできちゃう万能人だから。いつもわたしの何歩も先を行く青沼に追いつきたかったから、青沼の目に映りたかったから、やってこれた。感謝してる。どうもありがとう」

 軽く頭を下げると、青沼は珍しく照れたようで、頬を掻きながら「おう……」と頷いた。

「青沼に追いついて褒めてもらったら、言おうと思ってた。好きだよ、青沼。ずっと好きだったし、これからもずっと好きだと思う」


 言えた。ようやく言えた。何年もゆっくり、心の中で大事に大事に育て続けた気持ちを。


 返事は期待していない。気持ちを伝えたのはわたしの自己満足で、我が儘で、意地だ。それにいよいよ時間が危ない。早く行かなくては。新幹線に乗り遅れるわけにはいかない。新居で荷物を受け取って、明日からの生活に備えなければ。

 こうなれば、告白を出発ぎりぎりにしたのは良かったかもしれない。青沼の気持ちを無視するという最上級の身勝手だけれど、言い逃げすることができる。



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