手の上に褒め言葉を


 告白を終えると同時に、わざとらしく腕時計を確認し、肩のバッグをかけなおして「じゃ、お疲れ~」と。まるで終業後の挨拶でもするように踵を返し、かけた所で、左手を掴まれてしまった。


 気まずい気分で恐る恐る振り返ると、青沼は目を細めて顎を上げ、とても偉そうに見える、不敵な顔をしていた。

「やっと言ったと思ったら、言い逃げかよ」

「……え?」

「食い逃げ、当て逃げ、やり逃げ、言い逃げ……世の中に逃げる行為は数あれど、どれも褒められるもんじゃねえな」

「……で、でも本当に時間が……」

「そりゃ春川のせいだろうが。時間はたっぷりあったってのに。それこそ何ヶ月も、何年もな」

 正論過ぎて言い返せない。気まずさに目を反らすと、青沼は呆れたように、落胆したように、ざんねんないきものを見るかのように、あからさまに大きなため息を吐いて、こう言った。

「俺が好きなら、さっさと言やぁ良かったのに。待たされるこっちの身にもなれよ」

「……へ?」

 おかしい。今の発言はおかしい。だってこれじゃあ、わたしが青沼に恋をしていると知っていて、わたしが告白するのを待っていたと言っているようなものだ。いや、そう言っている。


「なんっ……いつ、……いつから知ってたの……?」

 動揺しながら聞くと、青沼はさも当たり前という風に「最初から」と答える。最初とはもしかして、わたしが青沼を好きになった入社当時のことだろうか。

「なんで……言ってくれなかったの……?」

「だってそりゃあ、告白するよりされるほうが気分良いし」

「は、はあ?」

「やたら敵対心燃やしてくるのも面白かったし」

「性悪過ぎるでしょ……!」


 もうこんなやつは放っておいて、さっさと新幹線のホームに向かおうと、掴まれた左手をぶんぶん振るけれど、それは叶わなかった。
 それを見て青沼はけたけた笑う。「そんな性悪を好きになったのは春川だろ」と言って笑う。

「それに俺も負けず嫌いだからさ」

「それは知ってるけど……」

「春川に負けたまま俺から告白するのは癪だった」

「そう……」

「でも待てど暮らせど何もない。だから見送りに来たのに、やっぱり何もない。もう告白しないまま離れる気かと思って、何度も何度も、最後だ、終わりだって言って春川を急かして、同時に自分に言い聞かせてた。あー、しんどかった」

「……そんなに待ってたなら、青沼から言えば良かったんじゃないかな……」

「いや、言わない。これは俺の意地だ」

 なんっ……だ、その意地は! わたしの気持ちを知っていたなら言えよ! とも思ったけれど、わたしも「青沼に褒められたら」なんて自分ルールを作って、褒められるまでは告白しないと意地を張っていた。人のことは言えない。



< 6 / 8 >

この作品をシェア

pagetop