手の上に褒め言葉を
告白を終えると同時に、わざとらしく腕時計を確認し、肩のバッグをかけなおして「じゃ、お疲れ~」と。まるで終業後の挨拶でもするように踵を返し、かけた所で、左手を掴まれてしまった。
気まずい気分で恐る恐る振り返ると、青沼は目を細めて顎を上げ、とても偉そうに見える、不敵な顔をしていた。
「やっと言ったと思ったら、言い逃げかよ」
「……え?」
「食い逃げ、当て逃げ、やり逃げ、言い逃げ……世の中に逃げる行為は数あれど、どれも褒められるもんじゃねえな」
「……で、でも本当に時間が……」
「そりゃ春川のせいだろうが。時間はたっぷりあったってのに。それこそ何ヶ月も、何年もな」
正論過ぎて言い返せない。気まずさに目を反らすと、青沼は呆れたように、落胆したように、ざんねんないきものを見るかのように、あからさまに大きなため息を吐いて、こう言った。
「俺が好きなら、さっさと言やぁ良かったのに。待たされるこっちの身にもなれよ」
「……へ?」
おかしい。今の発言はおかしい。だってこれじゃあ、わたしが青沼に恋をしていると知っていて、わたしが告白するのを待っていたと言っているようなものだ。いや、そう言っている。
「なんっ……いつ、……いつから知ってたの……?」
動揺しながら聞くと、青沼はさも当たり前という風に「最初から」と答える。最初とはもしかして、わたしが青沼を好きになった入社当時のことだろうか。
「なんで……言ってくれなかったの……?」
「だってそりゃあ、告白するよりされるほうが気分良いし」
「は、はあ?」
「やたら敵対心燃やしてくるのも面白かったし」
「性悪過ぎるでしょ……!」
もうこんなやつは放っておいて、さっさと新幹線のホームに向かおうと、掴まれた左手をぶんぶん振るけれど、それは叶わなかった。
それを見て青沼はけたけた笑う。「そんな性悪を好きになったのは春川だろ」と言って笑う。
「それに俺も負けず嫌いだからさ」
「それは知ってるけど……」
「春川に負けたまま俺から告白するのは癪だった」
「そう……」
「でも待てど暮らせど何もない。だから見送りに来たのに、やっぱり何もない。もう告白しないまま離れる気かと思って、何度も何度も、最後だ、終わりだって言って春川を急かして、同時に自分に言い聞かせてた。あー、しんどかった」
「……そんなに待ってたなら、青沼から言えば良かったんじゃないかな……」
「いや、言わない。これは俺の意地だ」
なんっ……だ、その意地は! わたしの気持ちを知っていたなら言えよ! とも思ったけれど、わたしも「青沼に褒められたら」なんて自分ルールを作って、褒められるまでは告白しないと意地を張っていた。人のことは言えない。