手の上に褒め言葉を
さて、そろそろ本当に時間がない。新幹線に乗り遅れるなんて幸先の悪いことはできない。
名残惜しく青沼の手を離し、顔を上げる。もう青沼の表情には、怒りや憤りは欠片も残っていなかった。いつも通り、会社でよく見る、わたしが片想いをしてきた「青沼大地」の顔だ。きっとわたしも、いつも通りのありきたりな「春川行海」の顔をしているだろう。
そのおかげでわたしは。わたしたちは。
「じゃ、お疲れ~」
「おう、またなー。連絡するわ」
「あー、うん、分かった」
やっぱりいつも通り、まるで終業の挨拶をするように軽く手を上げ、歩き出した。
改札を抜けると、さっき青沼の唇が触れた手の甲が、じぃんと熱くなっているのに気が付いた。
その手を大事に大事に胸に抱き、そっと撫でてみたら、撫でた指先から腕、腕から首筋、首筋から全身に、熱が広がっていく。青沼からもらった褒め言葉が、全身に広がるのだ。
それがなんだかくすぐったくて、思わず噴き出す。
そんなわたしの笑みなんて誰も気にしてはいないだろうけれど。青沼からの褒め言葉はわたし一人のものにしておきたい。誰にも見せずにしまっておきたい。
だからわたしは人混みに紛れ、出発間近の新幹線に乗り込んだ。
(了)