愛を呷って嘯いて
彼と普通に会話ができて、少しは仲良くなれて、一緒にコーヒーを飲んで。すっかり和んでいた胸が、それを言われてばくんと跳ねた。
思わず目を反らして、どう答えるべきか思案した。
キスをした。何度も、何度も。身体に腕を回して、唾液の交換をした。
でもそんなことをへらへら笑いながら言ってしまっていいのだろうか。
血の繋がりは勿論なくて、十四年間ほとんど関わらずに過ごしてきたとはいえ、わたしたちは兄妹。
だからといって、深刻な顔で「キス、しちゃったね……」なんて言えない。
そもそも彼は、どうしてこんな質問をするんだ? もしかしてわたしの記憶が飛んでいると思っているのか? 彼はどこまで憶えているんだ?
黙っていると彼が「俺変なこと言ってないよな」と続けた。
「変なことって?」
「仕事のこととか、女性関係とか」
「言ってないけど……」
「ならよかった」
「え?」
「ゆうべ何話したか記憶になくてさ。変なこと言ってたら気まずいだろ」
この瞬間、わたしの答えは決まった。ゆうべのことを憶えていないのなら、キスのことを話すべきではない。
酔って義妹とキスをしたなんて知ったら、せっかく近付いた距離がまた離れてしまうかもしれない。それならゆうべの出来事は隠し通したほうがいい。それが正しい判断だ。
だからわたしは、コーヒーをもう一口飲んだあとで「映画や小説や音楽や、なんてことない雑談をしただけだよ」と答えた。
彼が「そうか」と頷いたあとで、そっと自分の唇をなぞってみた。まだゆうべの熱と感触が、残っている気がした。
わたしだけが憶えている。それだけで充分だ。