愛を呷って嘯いて
待たせてごめんね、と優しい声がして顔を上げた。そこにいたのは優しそうな顔をした男性。男性はお母さんの肩をぽんと撫でたあとでわたしを見てにっこり笑った。
「初めまして、亜岐さん」
思わず立ち上がって「初めまして」と男性に頭を下げる。その状態で大きく息を吸い込んでから顔を上げる、と。男性の後ろに立っていた彼を見て、息の吐き方を忘れてしまった。
背が高くて切れ長の目で、薄い唇のすっきりした顔立ち。同級生の男の子たちとは全く違う、落ち着いた雰囲気。
数秒の間の後息を吐いたけれど、今度は心臓が飛び出してきそうなくらい激しく鳴りだした。
彼から目が離せないでいたら、ばちっと目が合い、身体の芯が痺れた。その痺れのせいで指先すらも自由に動かない。どうしてこんなことになってしまったのか。
考えるまでもなく、答えは出ている。一目惚れ。これがわたしの初恋だった。
彼の名前は野崎耕平さん。わたしより四つ年上の高校生。声は低めで落ち着いた口調だけれど、無口のためあまり聞くことができない。成績優秀、スポーツ万能。小学生の頃は野球を、中学生の頃はバレーをやっていたらしい。
そんな話を聞きながら、ちらちらと彼を盗み見る。
手が大きい。指も長い。お母さんたちの話を聞いてたまにふっと笑う顔が可愛い。
このひとと兄妹になれることが嬉しくて堪らなかった。早く話がしたい。仲良くなりたい。名前を呼んでほしい。できればわたしのことを、好きになってもらいたい。
そうしていたらまた目が合って、驚いてびくっと肩が震えたけれど、これは何か会話をするチャンスだ、と。息を吸い込んだ。
でも、声を発する寸前、彼は牽制するようにぎろりとわたしを睨み、目を反らしてしまった。どうやらわたしの第一印象は悪いらしい。それがショックで、その日話しかけるのはやめにした。