皇帝陛下の花嫁公募
 これ以上、詰め寄られると、変装がばれてしまう。すると、もっと面倒くさいことになりそうだった。だが、お金はないのだから出せるはずもない。

「さあ、とっとと金を出せよ、坊や」

 男がどんどん迫ってくる。まさかこんなところで少年を殴るなんてあり得ないと思うが、周りの人々も面白い見世物を見るような目で眺めていて、助けようともしてくれない。

 ああ、どうしよう!

 リゼットは思わず目を瞑った。が、そのとき、誰かが後ろからすっとやってきて、リゼットとその男の間に入ってきた。

「子供を脅かすなんてよくないな」

 それは、帽子をかぶった黒髪の若い男性だった。背が高く、引き締まった身体つきの彼はこざっぱりとした服装をしている。シャツにズボン、その上から上着を羽織り、首元にはネッカチーフを巻いている。その辺の町人とは変わらない格好だが、不思議なほどに威圧感があり、それだけで相手を怯ませたようだった。

「ただの冗談さ。じゃあな、坊主!」

 リゼットから金を巻き上げようとしていた男は人込みに紛れていった。リゼットは若い男の陰に隠れて見ていたが、ようやくその姿が見えなくなると、ほっと胸を撫で下ろす。

 同時に、見物人を決め込んでいた周りの人々も去っていった。

「大丈夫か? 怪我はないか?」

 男に尋ねられて、目を上げる。
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