皇帝陛下の花嫁公募
 窓が開くと、少し陰っていた月の光が雲の合間から出て、光が射してくる。彼の姿が幻想的に見えて、リゼットはこれが現実ではない気がしてきた。

 現実でなければ何? 夢……?

 彼はただの町人の格好をしているのに、とても堂々としている。身をやつしたどこかの国の王子様みたいに見えてきて……。

 まさか、そんなことあるわけないわ。

 王女の自分が少年の格好で出歩いていることも、かなり普通のことではない。その上、王子が身をやつして出てくるなんて、物語でもなかったことだ。

 そういえば、わたしはまだ彼のことを名前しか知らないわ。

「また来るよ、リゼット」

 彼はそう言って、バルコニーの手すりを乗り越えた。リゼットは思わず心配になり、手すりに乗り出して見ていたが、彼は器用にもバルコニーを支える柱に飛びつき、またするすると下りていった。

 リゼットはほっとした。

 体格に似合わず身が軽いのだろうが、万が一ということもある。彼がここから落下したりせずに済んでよかったと思う。

 雲がまた月にかぶっていく。

 アロイスはリゼットに手を振ると、闇の中へと消えていった。
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