不器用な彼女
部屋の中には誰も居ない。

綺麗に整頓されていて、でもマグカップが1つキッキンの水切りカゴに置かれている。

(朝まではここにいたって事か??)



「どうします?捜索願出しますか?でも、貴方は上司ってだけだから…一度親御さんや兄弟に連絡を取ってみましょうかね」

警察官の事務的な対応に苛立ちを覚える。

「緊急連絡先…これはご実家かしら?」

不動産屋は手元の書類をパラパラとめくっている。

「こちらからご実家に連絡してみますよ」

個人情報がどうとかで住所や電話番号は教えて貰えない。

「実家に連絡した後、電話を頂いても宜しいですか?」

「事情によっては詳しくお話しできませんけど?」

その言い草につい言葉を荒げた。

「無事かどうかだけ教えてくれたらいいんだよ!」


椎名の勢いに後退りした不動産屋は肩に掛けていたショルダーバックをチェストにぶつけて、チェストの上にあったアクセサリーボックスを床にぶちまけた。

散らばる指輪やピアス。

「あ、私ったら…ごめんなさい!」

慌ててアクセサリーを搔き集める不動産屋。椎名の足元にまで指輪が転がってきている。
詩織がよく身につけているピンクゴールドの指輪だ。
その隣に、見た事がない白いプラスチックの四角い物も転がっている。

「これは…」

「あ、妊娠判定薬ですね」

「えっ?」

「ん〜、櫻井さん、オメデタみたいですね」

不動産屋が白いプラスチックを覗き込みそんな事を言う。

「ほら、➕がでてますでしょう?」

そんな話、ひとつも聞いてない。



「間違いって事はないですか?」

「無いでしょうね、こんなの、人から貰うものでも無いですし、大事に仕舞ってありましたでしょう? 私も経験者なので、分かりますよ。ま、うちの子は既に巣立ってしまいましたけど」



< 178 / 203 >

この作品をシェア

pagetop