不器用なフクロウ
「あ、ごめんな。こんな話して」
書類整理をしながら、主任が言った。
わたしは「愚痴なら聞きますよ」と言うと、手伝うために主任のデスクに自分の椅子を運んだ。
「何かきっかけはあったんですか?会話がなくなるような」
主任が差し出す未処理の書類を受け取りながら、わたしは言った。
主任は少し間を空けてから「そうだな」と、一つ一つを思い出すように家庭内のことを話し始めた。
主任は結婚して12年経つが、子どもはいなかった。
なかなか授からず、検査も受けたが2人とも異常は見つからなかった。
子どもが欲しいと焦る奥さん。
焦る必要なんてないと、仕事中心の毎日を送ってきた主任。
お互いの気持ちにズレが生じて、いつの間にか会話はなくなっていた。
これが夫婦なのかと危うい日々を過ごしてきたそんなある日、奥さんの妊娠が判明する。
しかし、主任と奥さんの間にそのようなことはなく、奥さんのお腹に宿った命は、主任の子どもではないのは明らかだった。
「それって、奥さんが不倫してたってことですか、、、?」
衝撃的な打ち明けについポカンと口が開いてしまう。
主任は「そうなるな」と言って、鼻で笑った。
「今、離婚に向けて話を進めてるんだ」
「そうだったんですね、、、」
「正直ショックだったけど、嫁にそんな行動を取らせたのは、俺があいつの気持ちに寄り添えなかったからだ」
主任の拳に力が入っているのがわかった。
わたしは、主任に何と声を掛けたらいいのかわからず、ただ黙って書類に視線を落としていた。
少しの沈黙のあと、わたしはチェックし終わった書類を揃え、「チェック済み」と書いた付箋を貼った。
そして、主任が処理している途中の書類にも付箋を貼った。
「主任、飲みに行きましょう!これは、明日中に終わらせれば問題ないですよね?わたし、明日は他の業務少ないんで大丈夫です!」
わたしがそう言うと、主任は驚いて目を丸くしていた。
それからハハッと笑うと、仕方ないなぁとでも言うように「そうだな」と言って、デスクの上を片付け始めた。
「朝永、ありがとな」
聞き逃しそうになるほど、サラッと出た主任の言葉。
わたしは実はあまりお酒が強くない主任と共に、夜が更けるまで杯を交わした。
主任と2人だけで飲みに行くことは、この時が初めてだった。