不器用なフクロウ
直人の車は、会社で契約している隣の駐車場に停められていた。
以前にも何度か乗ったことがある、黒い高そうな車だ。
直人がリモコンでロックを解除すると、ライトが点滅する。
わたしは助手席のドアを開け、「お邪魔しまーす」と言いながら乗り込むと、車内の甘い芳香剤の香りがふんわりと香った。
「急にどうしたの?送るだなんて」
「主任の仕事までやって疲れてるだろ?座れるかわからないバスに揺られて帰るより、こっちの方が楽だろが」
直人はシートベルトを締めると、エンジンをかけた。
わたしも慌ててシートベルトを締める。
直人は「菜月は頑張りすぎるんだよ」と言うと、ゆっくりと車を発車させた。
「直人って、そんなに優しかったっけ」
「はぁ?」
「あ、いや、何でもないでーす」
つい余計なことを言ってしまったと、誤魔化したつもりで窓の外に目を向けた。
まだ17時を過ぎたばかりだというのに、空はもう薄暗くなりかけていた。
「俺は信用出来る奴にしか優しくしない」
直人が独り言のようにボソッと呟く。
わたしは「え?」と、直人の方を向いた。
「それって、わたしのことは信用してくれてるってこと?」
「じゃなかったら、車に乗せてねーよ」
直人は真っ直ぐ前を向いたままそう言った。
あまり他人に心を開かない直人が、わたしのことは信用してくれているんだ。
そう思うと、嬉しくなって疲れが吹き飛んだ。
「そいえば、直人って彼女いたことあるの?この6年の付き合いの中で女の影なんて見たことないんだけど」
わたしがそう言うと、直人は少し間を空けてから「入社当時はいたよ」と答えた。
「そうなんだ!知らなかった~」
「まぁ、入社してすぐ別れたからな」
「なんで別れちゃったの?」
「浮気されたから」
「え、浮気?!直人を彼氏に持ちながら浮気するなんて、どんだけ贅沢なの?」
少し苛つきながらわたしがそう言うと、直人は鼻で笑った。
そして直人は「裏切られるなら、1人でいた方がいい」言うと、どこか寂しげに穏やかに微笑んでいた。