不器用なフクロウ
「よく知ってましたね、わたしの名前」
「篠原主任が販促部の朝永さんは美人で仕事が出来るって言ってたので」
岩城さんはそう言うと、わたしの隣に腰を掛けた。
「そんなことないですよ」
「いえ、本当に美人ですよ。一目で朝永さんだなって思いましたもん」
そう言って、目を細めて微笑む岩城さん。
彼の左目の目元に黒子があることに気付き、男の人だけど色っぽいなと思った。
「朝永さん、失礼ですけどおいくつですか?」
「わたし30です」
「あ、じゃあ俺の一つ上ですね。俺29なんで」
「一つなら大した変わらないですよ」
「じゃあ、俺と仲良くしてくださいね。たまに販促部に遊びに行きますから」
初めて話す岩城さんは、一緒にいて心地よい人だった。
変に緊張せずいられるのは、柔らかい雰囲気のせいかもしれない。
わたしはしばらくの間、そこで岩城さんと2人で他愛もない話を交わしては笑い合っていた。
さっきまでの孤独感がいつの間にか無くなっていることに気付いたのは、岩城さんが「俺、飲み会って苦手なんですよね」と言って苦笑いを浮かべた時だった。
飲み会が苦手だなんて、わたしと同じだ。
そう思うと、親近感が湧いた。
そうこう話していると、向こうから直人が近付いて来るのが見えた。
直人は、わたしと岩城さんの目の前で足を止めた。
「戻って来ないと思ったら、ここに居たのか」
さっきとは違い、ネクタイを外しYシャツを腕捲りした姿の直人が不機嫌そうに言った。
「つい話し込んじゃって」
「戻るぞ」
「はいはい」
わたしは立ち上がると、岩城さんに「戻ろっか」と言った。
岩城さんは何も言わずに頷くと立ち上がった。
またあの場所に戻らなきゃいけないのかと思うと、足が重たく感じたが、岩城さんと顔を見合せ、同じ気持ちなんだろうなと思うと、その気持ちが少し和らいだ。