やさしく包むエメラルド
することないし、眠くないけど寝ようかなと、ちょうど見えてきた自分の寝室の窓を見上げたとき、

「小花ちゃん、おはよう。大丈夫だった?」

ブロック塀の向こうから声がかかった。

「あ、おはようございます」

門から顔を覗かせていたのは宮前さんのおばさんだった。

「おはようございまーす!」

その向こうの庭でせかせか動いているおじさんにも挨拶すると、ペコッとうなずくような会釈を返され、やはり啓一郎さんのお父さんなんだと妙に納得した。

「お庭、大丈夫ですか?」

土に汚れたおばさんの軍手を見下ろす。

「うん。大丈夫よ。風向きがよかったのか何本か折れた花もあったけど大きな被害はなかったの。ただ、ゴミが溜まっちゃって」

「お手伝いします!」

日頃の恩を返すのは今に違いない。
おばさんの脇を通りすぎてお邪魔しまーすと庭に踏み入ると、慌てた声が背中に降りかかる。

「靴が汚れちゃうから」

「大丈夫です。元々汚れてるスニーカーだし。どうせ暇だし」

足元に落ちていたメロンパンのビニール袋を拾っておじさんの持つゴミ袋に入れた。
一見して荒れた様子はないけれど、飛んできたゴミや枯れ草などがあちこちに引っかかっている。

「木の葉っぱは落ちたりしなかったんですか?」

ゴミ袋に入れているのはどれも飛ばされてきたものらしく、まだ青々とした庭木は艶のある葉に光を集めていた。

「意外と大丈夫だった」

「あれって何ていう木ですか?」

「あれはグミの木、こっちはひめりんご。実もなったけどカラスにぜんぶ食べられちゃってね」

ぼそぼそとではあるが、拒絶した風でもなくおじさんは答える。

「カラスは残念ですけど、台風被害がなくてよかったですね。さすがに今回は身の危険を感じたので」

停電までしているのだから、何十年に一度の大襲来なのだ。
もっと直接的な被害に遭っている人もいるかもしれない。
けれど、塀のそばに避難させた鉢植えもすべて無事だったらしい。
かわいらしい実をつけているムラサキシキブ(おじさんに聞いた)にも、可憐なシュウカイドウ(おばさんに聞いた)にも、台風の名残は感じられない。
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