やさしく包むエメラルド
「小花ちゃん、どうもありがとう! もう終わったからうちでお茶でも飲んで休みましょう」
おばさんがそう声を掛けてくれ、疲れ切ったわたしは喜んでうなずいた。
二度目となる宮前家の居間は、南向きの縁側から入る光で明るく、停電であることも忘れてしまいそうだった。
サッシを閉めているせいで風は入らないけれど、その分入り込む陽光と畳の匂いが、少し冷えた腕をやさしく包んだ。
「ポットが使えないから不便ね」
とおばさんはヤカンから湯冷ましにお湯を注いだ。
それを湯呑みに移してから急須に入れる。
特別丁寧にしてるというよりも、馴染んだ日常の仕草だった。
茶葉の場所も知らない啓一郎さんがちゃんと湯冷ましを使った理由が、なんとなくわかる。
「いただきます」
明るい若葉色のお茶はあたたかく、すっきりとした苦味がおいしかった。
おじさんもお茶をすすりながら日なたで新聞を読んでいる。
「あったかいお茶が飲めるって幸せですね」
「ガスと水道は無事だからね」
「そっか。ガスがあればお肉とかお魚も使えるんですよね」
カレーを作ろうと思って買った豚バラを思い、切ないため息をつく。
「あ、豚バラのかたまり使いませんか? うちだと傷んじゃうだけだから」
いいひらめきだとおばさんに提案するも、ポカンとされる。
「小花ちゃんが使ったらいいじゃない。昼間なら動けるし」
「うち、オール電化なので今調理はできないんです」
「それは……不便ね」
うつむいて思案に暮れるおばさんに、わたしはおずおずと声をかける。
「あの……あとでお湯もらってもいいですか? カップラーメンはあるんですけど、何しろお湯がなくて……」
「だったら小花ちゃん」
おばさんが決然と顔を上げた。
「停電が終わるまで、うちにいなさい」
「へ?」
驚いておばさんの顔を見たけれど、おばさんはおじさんの方を向いていた。
「いいわよね? お父さん」
「ん? ああ」
新聞に目を落としたままおじさんも答えた。
ちゃんと話を聞いていたのかあやしいと思ったけれど、おばさんはそれを同意と受け取った。
「大体、こんなときに女の子ひとりなんて物騒じゃないの。家族と一緒の私でも不安なのに。そんなに長い期間じゃないだろうし、そうしましょう」
ヤカンから湯冷まし、そして急須へとお湯を移してから、おばさんがお茶を足してくれる。
保温がきかないせいか、さっきよりもぬるいお茶はどこかとろりと感じた。