やさしく包むエメラルド
不審者。
完全に不審者を見る目だった。
驚きと得体の知れないものに対する恐怖が啓一郎さんのわかりにくい表情からでも伝わってくる。
もはや誤魔化しようがないので開き直った。

「あ、おかえりなさーい! 今朝は本当にすみませんでした。でも洗ったら真っ白になりましたから。もうピッカピカです! だから、どうか今朝の記憶も真っ白に消去してください」

大仏を拝むのと同じ要領で手を合わせたのに、

「そんなことは構わないけど」

ずっと気にしていたことを『そんなこと』呼ばわりされた。
なんだ構わないのか。気にして損しちゃった。

「なに……してるの?」

視線は踏みつけていたカーテンに向いている。

「えっと、カーテンをですね……洗ってます」

質問に答えたのに啓一郎さんの怪訝な表情は変わらない。

「あと、歌も歌ってました」

顔色を窺いながら付け足すけれど納得したようには見えない。
浴槽に座ってました、も言った方がいいのかなと考えつつ、わたしはとりあえず水を止めた。
水音がしなくなると突然静寂が訪れる。
ほぼ無音の中でひたすらわたしたちは見つめ合うが、そこにはロマンチックの欠片もなく、まるで野生動物との間合いをはかる様子に似ていた。

「小花ちゃん、終わった? あら、啓一郎帰ってたの」

助けられたようにわたしも啓一郎さんもホッとしておばさんを見る。

「今ちょうどすすぎが終わったところです」

浴槽の縁から降りて詮を抜き、わたしは取り繕うような笑顔を浮かべた。

「じゃあ洗い場で軽く絞ってもらえる? それが終わったらこっちで私がタオルで拭くから」

「母さん」

少し強めの口調で呼ばれ、おばさんは説明不足にようやく気づいたようだった。

「そうそう! 停電の間危ないから小花ちゃんには家にいてもらうことにしたの。オール電化でお湯も沸かせないらしいのよ」

「なんでカーテン?」

「小花ちゃんと暇だから洗おうかってことになってね。ちょうどよかった。啓一郎、これ絞ったらレールに戻してくれる?」
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