やさしく包むエメラルド
おばさんは表情もなく、すでに細かく刻まれたマイタケを何度も何度も刻み続ける。

「五年くらい前にね、啓一郎、結婚しようとしてたの。そのときは隣県に勤務しててひとり暮らしだったんだけど、うちにも挨拶に来てくれて」

ドロドロを炒める手が止まっていた。
啓一郎さんが今独身なのは間違いなさそうで、つまりこれはあまり楽しい話ではない。

「ちょうどその頃、私が病気しちゃってね。乳ガン。早期だったからこうして命は拾ったんだけど、お父さんだけではいろいろと大変で、啓一郎も帰ってきてくれたの。だけど、瑠璃さんとはうまくいかなくなっちゃったみたいなのよね」

粉のように細かくなったマイタケを鍋に入れられて、わたしは慌ててかき混ぜる手を動かした。
少し焦がしてしまったようで、ヘラが鍋底に引っかかる。

「今になって思うの。私は助けてもらったけど、あの子はそのせいでずっとひとりなのかしら? って。それが心配」

ゾリゾリと鍋底をこすると、黒いものが混ざり始めた。
啓一郎さんはご両親のそばにいるけれど、ご両親は啓一郎さんのそばにいるとは言えない。
そこは似ているようで大きな違いがある。
親にとって子どもは支えになるけれど、子どもから見ると親は支えるべき対象であって、寄り添って生きてくれる存在ではない。

「そんなことないです。啓一郎さんって32歳でしたっけ? まだまだ若いですから、きっと素敵なひとを見つけます」

言ってるわたし本人でさえ、薄っぺらい慰めだと思っていた。
啓一郎さんの気持ちなんてわからないし、未来はもっとわからない。

「そうだといいんだけど」

わたしのものとも、宮前家のものとも違うカレーは、一抹のさみしさと焦げカスを添えて、意外においしく出来上がった。



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