やさしく包むエメラルド


わたしの中で「停電」=「キャンドルパーティー」なのだけど、

「そんなの絶対ダメよ! 火事になったらどうするの!」

とおばさんが言うので、とっておきのチューリップキャンドルは出番がなくなってしまった。

「かわいいのになー」

日常の中でキャンドルを使う機会はあまりなく、一度セレブを気取って(?)お風呂でつけたとき以来使っていなかった。
そのときもよく見えなくて洗いにくいので、結局すぐ電気に切り替えた。

おじさんが持ってきた懐中電灯は大小合わせて5個もあり、中にはスタンドタイプの大きなものもある。

「これ、なんかすごいですね」

ボタンもいろいろついていて、ただならぬオーラをブンブン放っていた。
まるで町内の子ども相撲大会に、本物の力士が紛れ込んだよう。

「これは充電式で、太陽光でも手動でも充電できる。ラジオも聞けるし携帯充電も可能」

「へええ! これさえあれば停電も怖くないですね!」

わたしが千年前と変わらないアナログろうそくなのに対して、この家では最新携帯にも対応した備えがなされていた。
ハンドルをぐるぐるっと回すと、蛍光灯のように明るいライトがパアッとついた。

「これ、うちのトイレより明るいですよ」

携帯充電機能もラジオ機能もついているけど、この家にはそれとは別にラジオも電池式携帯充電器も、各種電池も豊富にあった。

「ほえ~! 備えがあるから憂いがない!」

「小花ちゃん、懐中電灯は?」

「買おう、買おうと思ってそのまま……」

「ラジオは?」

「あった方がいいんだろうなーって思ってます」

「携帯充電器は?」

「あ、それは買ったことあります! だからどこかにあるはず」

痛い……おばさんの笑顔が毛穴という毛穴に刺さる。

「お節介は承知で言うけど、非常用ライトくらいは買った方がいいと思うよ?」

「そうですよね。でも高そうだな」

「そんなことないわよ。カットソー一枚我慢すれば買える程度」

「いやいや、わたしが着てるカットソー、500円くらいですから。ほぼ全部古着ですもん」

おばさんはわたしが着ている薄いピンク色のカットソーをじっと見た。

「これも?」

わたしも裾あたりをつまみ上げて眺める。

「そうですね。これは300円だったかな」

「全然古く見えないわよ?」

「でしょ? でしょ? いい世の中になりました。古着は貧乏OLの強い味方です。借金返済まで新品は買わない所存です!」

「借金……?」

おばさんの顔が悲しげに歪むので、慌てて説明を付け足す。

「借金って言っても奨学金です。それも大した額ではなくて、少しずつゆっくり返還してるので大丈夫ですよ」

不景気が長く続いたせいか、わたしのように奨学金返還を抱えている人も多い。
200万円の返還はできなくはないけれど、ごく普通の会社員がひとり暮らししながら、となるとそこそこ負担に感じる額だ。
借金返済というと、会社には内緒で夜の仕事も掛け持ちし、「母が病気で……」と涙ながらに訴えてお客さんから援助してもらうのが王道(?)だ。
でもわたしの場合、月2万ずつ8年くらいかけて返す計画になっているので、地味ーーーな生活を心掛けることでなんとかやりくりできている。

「でも、大変ね」

思いがけず深刻な空気になり、わたしの方が恐れおののいた。

「いやいやいやいや、今時奨学金返還なんて珍しくないし、もっと大変な人もたくさんいますから。まあ、ブランドバッグ持ってるキレーなお姉さん見ると、自分とのあまりの差に落ち込まないこともないですけど、それはお金だけの問題じゃないし……」

男の人はみんなあんな女の人が好きなのだろうか?
好きに決まってる。
違うという人はキレーなお姉さんから相手にされないがために痩せ我慢をしているに過ぎない。
啓一郎さんもこんな顔してコロッと態度を変えるに違いない。
あーやだやだ男って。
汚れたものを見る目で啓一郎さんを見ていたら、以心伝心のように目が合った。

「ブランドものってそんなにいいかな? 布や革があんなに高いとは思えないんだけど」

啓一郎さんが納得できないもののひとつが、高価なノースリーブシャツだという。
あんなに原価が低そうなのに売値が高いということが受け付けないらしい。

「擁護するわけではないけど、布や革の量り売りしてるわけじゃないですからね? 材料や技術の質の高さ以上に、そのデザインを産み出した想像力や長年築いてきた企業の信頼度なんかが値段として反映されてるんです」

「日常使う分には3万円のバッグも30万円のバッグも変わらないと思う」

「それは同感です。だけど例えば……」

黄色い懐中電灯をテーブルに向けてつける。美しい木目がまあるく輝いた。

「ただの懐中電灯だと買う気しないけど、『これはシンデレラが行った舞踏会のシャンデリアをモチーフにしてます』って言われたら買いたくなりますよね?」

「別に普通でいい」

「ロマンですよ! もっとキラキラ乱反射させて、本体もプリンセス使用にしたら高くっても買っちゃうなー」

テーブルに落ちた灯りの中で王子様とシンデレラがくるくる踊る様子を妄想する。

「ただの懐中電灯でも買う気になった方がいいよ」

「……はい」

お世話になっている身で言い返すこともできず、パチリとスイッチを切って舞踏会を終わらせた。


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