やさしく包むエメラルド


つんつんと勢いのある白米が土鍋の中で湯気をたてている。
炊飯器が使えないから、おばさんが炊いてくれたものだ。

『手を入れて……だいたいこの辺まで水を入れるの』

と教えてくれたけど、目分量に慣れたわたしでもいまいちよくわからなかった。
今は炊き上がったものを蒸らしていたのだけど、我慢できずにこっそりキッチンに忍んできたところ。
おばさんは下山さんの家に、いただきもののお礼を言いに行っていて、おじさんは近所を少し散歩すると出て行った。
はやく炊けたご飯を見てみたいのに、まだ帰ってくる気配がない。

待ちきれず縁に沿って差し入れたしゃもじを返してみると、

「うっわあーーー! いい匂ーーーい!」

こんがり揚がったコロッケくらいのちょうどいいお焦げが姿を現した。
さくさくとおこげと白米を混ぜ合わせながら、こまめに深呼吸を繰り返す。

「過呼吸になるぞ」

騒ぎ(わたしの声)を聞き付けた啓一郎さんが斜め後方から覗いてそう言った。

「肺を鍛えておけばよかった。ずっと吸っていたいのに吐き出さないといけないなんて悲しい」

「鍛えたって吸い続けたら死ぬよ」

あたりを見回すと、キッチンにはわたしと啓一郎さんだけ。
念のため居間を覗いてみたけれど、まだ誰もいなかった。
急いで土鍋のところに戻り、特に色づきよくカリッとした部分を手のひらに乗せる。
よくかき混ぜたせいか我慢できないほどの熱さではなく、手の上で白い湯気がほわんとくゆる。

「こそこそしても、俺いるんだけど?」

選び抜いたひとすくいをしゃもじに乗せて差し出した。

「はい。もちろん共犯です」

「共犯……」

「二番目にこんがりしてるゾーンのお焦げですよ」

「一番は?」

自分の手のひらを持ち上げる。

「当然こっちです。冷めますから早く!」

ふらっと出した啓一郎さんの手に二番目のお焦げを乗せて、わたしはさっさと最高のお焦げを頬張った。

「おいしい! 最高!」

くねくねと身悶えるわたしの隣で、啓一郎さんも黙々と咀嚼している。

「おいしいですよね?」

「うん、まあ」

「不満~。 もっと全身でおいしさを表現して欲しかったのに」

半ば踊るわたしをよそに、啓一郎さんは手を洗う。
ご飯を食べて踊ることなど、きっと生涯ない人だろう。
それでも“共犯”にはなってくれる。
そこは断られるとは思わなかった。

「ご飯、うまく炊けてた?」

おばさんが入ってきて、わたしは慌てつつもさりげなく手を洗った。

「見るからにおいしそうに炊けてますよ」

啓一郎さんは何も言わず、けれど口元を歪ませてキッチンを出ていった。
他愛ないものでも、共有した秘密はとろりと甘く、つるつるぴかぴかの小石のように手の中であたためたくなるものだ。
「どれどれ?」とおばさんも手のひらに乗せたご飯を食べ、「小花ちゃんも」と勧めてくれる。

「おいしいですね」

にっこり笑って食べたご飯はやはりものすごくおいしかった。
しかし、身悶えすることなく二度目の手洗いをしずかに済ませた。

キッチンの窓は、ここも庭に面していて、黄金色に暮れていく空の様子が、磨りガラスを通しても感じられる。
電気のない室内にはすでに陰も見えるようになってきた。
停電はまだ終わらず、いよいよ暗い夜がやってくる。

「夜になるわね……」

同じように窓越しの空を眺めて、おばさんは心細げにつぶやいた。
それはわたしに向かって言ったようでいて、ステンレスのシンクにからんと落ちるようだった。
その間にも空は一段と黄色みを増し、闇も深くなったように感じる。

「あ、ねえ、おばさん! 夕食のカレー、お庭で食べませんか?」

突然ひらめいたと思ったら、すでに口に出していた。

「今朝物置小屋の中に、イスとテーブルがあったの見たんです。家の中でも外でも真っ暗なら、外の方が楽しそうだなって。風も気持ちいいし」

夜はだいぶ涼しくなったとはいえ、長袖なら心地よい程度。
暑くるしい真夏よりはむしろ今がちょうどいい季節だ。

「そうね! 家の中にいても鬱々としちゃうし、その方が楽しいわね!」



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