やさしく包むエメラルド
からら、という窓を開ける音は、やはりいつもより大きく聞こえた。
「あ、こんばんは」
音のした方を見ると、啓一郎さんが窓から外を眺めていた。
「枕が合わないのか?」
「なんかそわそわしちゃって。啓一郎さんは?」
「風を入れようとしたら、月がずいぶん明るかったから」
啓一郎さんの部屋の窓とベランダは隣だけど、真夜中に窓越しでする会話は、町内に拡声されているように響いて聞こえた。
声をひそめ、啓一郎さんにだけ届くように口元に手を添えて、
「よかったらこっちに来ませんか?」
と誘ってみた。
啓一郎さんは何も言わずに窓を閉め、その15秒後にパーカーを羽織って現れた。
「わ! 啓一郎さんが来たら、床がミシッてきしんだ!」
「……帰る」
「ごめんなさい! 帰らないで!」
パーカーの袖をつかんだら、前がはだけて中のTシャツが見えた。
やわらかい素材のTシャツをパジャマ代わりにしているようだ。
板張りのベランダをやはりミシミシと言わせて、啓一郎さんはわたしの隣に並んだ。
そしてガサガサという音にかき消されそうなほどのひそめた声で、
「これ、もらったの忘れてた。飲む?」
とビニール袋を差し出した。
中には何本かのペットボトルが入っている。
「どれにしようかなー?」
月明かりでラベルを確認しながらひとつひとつ吟味する。
「あ、ライチ! これにしよう。楊貴妃になれそうだから」
「楊貴妃?」
「ライチ好きで南から運ばせたって逸話があるんですよね」
いただきます、とごくごく飲むわたしを見て、珍しく啓一郎さんが盛大に吹き出した。
「なんですか?」
眉を寄せて睨んでも、啓一郎さんの声はひくひくと震えている。
「いや、だってさ、楊貴妃って確かかなり太ってたはずなんだよ。真夜中にそんなの飲んだら太るだろうなって」
「ひどい!」
思わずつかみかかるわたしの口を、啓一郎さんが慌てて手で塞ぐ。
「しーーっ! ご近所迷惑!」
夜風で冷えた顔に、啓一郎さんの手はあたたかかった。
重そうなパーカーの生地が頬をかすめる。
小刻みにうなずいたらするっと手は離されて、ふたたび顔に夜風が冷たい。
啓一郎さんも何本か月に照らして確認して、
「甘いのばっかり」
と、オレンジ水を手に取った。
「非常時はお茶とかお水は貴重ですもんね」